2022年7月 天体写真遠征 (樽口峠の星空・vdB123・網状星雲)

DIARY

関東甲信地方の梅雨明けを受け、7月早々の新月期に天体写真遠征に行ってきました。樽口峠から望む雄大な残雪の飯豊連峰と、漆黒の闇を彩る夏の天の川。
一夜限りの東北への大遠征となりました。

(目次)

  • いざ樽口峠へ
  • 夕暮れの飯豊連峰
  • 飯豊連峰と天の川
  • 虫との格闘
  • へびつかい座『vdB123』付近
  • 子午線越えとデジカメダークノイズ
  • はくちょう座の網状星雲西部『NGC6960』付近
  • 飯豊連峰モルゲンロート



いざ樽口峠へ

2022年の梅雨明け(関東甲信)はなんと6月の下旬。
例年ならばこの時期は梅雨真っ只中、灰色のどんより空を苦虫を噛みつぶすように見上げる日々なわけですが、まさかこれほど早く夏空がやって来るとは思いませんでした。もちろん過去に6~7月にかけて天体遠征などした記憶はありません。(これを執筆している現在はすっかり梅雨に逆戻り…勇み足な梅雨明け宣言だったか?)

梅雨が明けて連日の猛暑…。
それもあってどこか涼しいところへ行きたい!
ということで天気さえ良ければ群馬か栃木あたりの遠征を予定していましたがGPV的には夜間はダメそう。前回の茨城県花立遠征が曇られてダメだったので、何としても今回はモノにしたいところ。この日は新潟県の北部から山形県以北、または福島県あたりが好天の予測でしたので今回おもいきって山形県に向かいました。

山形県小国町の樽口峠

遠征地は過去何度もお邪魔している山形県小国町の樽口峠
ここは美しい星空はもちろんのこと、雄大に連なる東北の名峰飯豊連峰を望める展望台でもあります。とくにこの時期はまだ残雪もあり美しい夕暮れの山並み、朝のモルゲンロートも堪能できる素晴らしいロケーションです。

夕暮れの飯豊連峰

撮影当日は夕方には峠に着きましたが、樽口峠自体はそれほど標高が高いわけでもないので(500mほど)まだ蒸し暑さが残っていました。樽口峠付近はもともと雪深い地域なので冬季閉鎖の解除が例年おそく、今年2022年も6月に入ってからのようでした。

以前私は閉鎖解除後のGWに来て、まだ真っ白な飯豊連峰とさそり座からいて座にかけての天の川を撮影したことがありましたが、数年前の土砂崩れの影響か残念ながら近年ではGW中はまだ冬季閉鎖しているようです。これほどの素晴らしいロケーションの峠でありながらこの峠に来る人は相変わらず少ない印象で、この日も夕方に数人、夜間も同業者が3、4人といまだに穴場感があります。

そんな静かな峠で西日を受けて横たわる飯豊連峰を眺めながら夕暮れを迎えました。

『晩霞』~夕刻の飯豊連峰 ~(GFX50sⅱ+ZEISS Milvus 2/135)

飯豊連峰と天の川

今回は星景も星野もどちらも狙えるロケーションということで赤道儀もポタ赤含めて2台体制でしたが、ふたを開けてみればポタ赤不調のため星景は固定星景となりました。
前回ここへ遠征したのは2020年の10月でしたので約2年弱振り。

2020年10月 天体写真山形遠征

久しぶりに樽口峠の夜空を堪能しましたが、やはりその圧倒的な暗さには改めて驚かされました。西側に新潟市があるのでその方向のみ少しだけ光害がありますが、そのほかは低空から本当に暗い夜空でした。

薄明終了が20時半ころでしたが、21時過ぎにはすでに東から昇ってきている夏の天の川が肉眼で確認できるほどで、これは関東近郊ではまずないのではないでしょうか。天城高原の南天の圧倒的な暗さは圧巻ですが、この樽口峠では全方位がそのレベルと言っても差し支えないくらいです。

『A Brigde To Heaven ~飯豊連峰と夏の銀河~』

撮影データ
カメラ Nikon D5(Normal)
鏡筒 AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED(14mm)
現像 ADOBE Lightroom Classic
星基準 25秒×8枚 ISO8000(FIX)をSequatorにて加算平均コンポジット
地上基準   25秒×8枚 ISO8000(FIX)をPSにて加算平均コンポジット
合成   PSにて二値マスク合成
画像処理 ADOBE Photoshop CC(カブリ補正・強調処理)

7月ともなると夏の天の川も南中して山の稜線から立ち上がるようなカットが撮影できました。赤道儀で星野を狙いつつ、タイムラプスを仕掛けておいて一晩中天の川を撮影してもかなり良さそうなので、次回はその準備もして臨みたいですね。

固定新星景

いわゆる “一枚モノ” でも樽口峠の暗さをもってしてみれば美しい天の川星景を撮影することが出来ますが、今回は三脚固定による連続撮影でとらえた8フレーム(200秒相当)を星と地上を別々にコンポジットして、PSにて二値マスク合成して低ノイズ化・高画質化の処理を行っています。

そもそも合成を良しとするか云々の賛否はあるでしょうが、デジタル写真はある意味ではこういった処理を施すことが比較的容易であるのも事実で、“一枚モノ” との優劣ではなくまったく別の方向性の作品と言えると思います。実際にプリントしてみましたが、合成無しワンショットのプリントよりも高画質で見応えがありますが、逆に “一枚モノ” はそれはそれで淡い夜空が真実味に溢れていて美しいものと感じました。

新星景とは星を追尾撮影して、そのフレームと地上の固定フレームをある時間を再現時刻として合成処理しますが、明るくコントラストも高い夏の天の川銀河であれば今回のように星追尾しなくともそれに近いようなものに仕上がります。本格的な山岳星景、長距離・長時間の登山を伴う星景ではポタ赤と言えども少なからず負担になりますから、この手の撮影であればFIXでもじゅうぶん対応可能かと思います。

虫との格闘

私は天体遠征は基本的には春と秋から冬をメインとしています。夏は例年北アルプスを中心とした山岳撮影を敢行しているため星の撮影(星野)はそれほど経験がないのですが、この時期は撮影地の虫が凄まじいですね。標高が1,500mとか2,000mとかあればまた別かもしれませんが、樽口峠は標高もあまりない山中なので仕方がない部分ではありますが…。

ロケーション抜群の撮影地

山で私が特に忌嫌っている『ブヨ』(残雪期の山に多い)はいませんでしたが一晩中ずっと蚊の大群に囲まれながらの撮影でした。下界では耳元で「ぷ~~ン」という鬱陶しい羽音ですが、ここ樽口峠では扇風機のような「ぼァ~~ん」という大群によるすごい羽音…。

夏の夜間、ここで撮影する方は十分対策されてください。

圧巻の星空



へびつかい座『vdB123』付近

今回の星野のメイン対象はへびつかい座(へび座)の『vdB123』付近を狙いました。さそり座やいて座、はくちょう座の有名天体はすでに天城と片品で撮っていたので、この樽口峠の暗さの恩恵を受けようと非常に淡いこの対象を選びました。

こういったマイナーな対象は自動導入に頼れませんが、今回はほど近い『IC4756』を導入して、そこから手動でなんとか導入しました。

へびつかい座『vdB123』付近の星野

撮影データ
カメラ Nikon D7100(IR-custom)
鏡筒 AF-S NIKKOR 300mm f/2.8G ED VR Ⅱ(f/3.2)
架台 CELESTRON Advanced VX
ガイド鏡 SVBONY SV165(30mm F4)
ガイドカメラ QHYCCD QHY5L-ⅡM
ガイディングソフト PHD2
ダーク減算 RStacker(18枚)
フラット補正 RStacker(64枚)
現像 ADOBE Camera Raw
コンポジット DSS(210秒×29枚 計1時間41分 ISO1600)
画像処理 ADOBE Photoshop CC
その他
・QHYCCD Polemaster
・トリミングあり
構図の調整でテスト撮像を確認するも、星しか写っていないようなものなので構図の微調整も難しいと感じましたし、本撮影に入るまでかなりの時間を無駄にしてしまいました。こういったマイナーで淡い対象を今後も狙っていきたいと考えているのでステラショットのようなプレートソルビング機能が備わった自動導入ソフトが欲しいところです。総露光時間は100分ほどとなりましたが、この対象は数日にわたって撮り増したいところですから余計に構図の調整を正確に容易にできるようにしておきたいところです。

『vdB123』は暗黒星雲や反射星雲が複雑に絡み合っていてとても見応えがある領域ですが、実際に画像処理してみて非常に淡い対象であると改めて感じました。さらに夏場なのでどうしてもノイジーな仕上がりになってしまいますから、出来ることならこの対象は冷却モノクロを使用して撮りたい対象です。

ご覧のように100分ちょいの露光では全く歯が立たず、残念ながら参考記録的な作例となりました。ちなみに東側に小さく写っているカラフルな星雲は『Sh2-68』で惑星状星雲に分類されています。その形状から “燃える頭蓋骨星雲” とも言われています。

子午線越えとデジカメダークノイズ

今回の撮影でいくつか気になったことや問題と感じたことは、

・赤道儀の子午線越えの対応
・デジカメのダークノイズ
の2点でした。

赤道儀の子午線越え

一軸駆動のポタ赤を長年使ってきた私のような人間にとっていわゆる『子午線越え』は関係ない問題でした。しかし自動導入赤道儀を手に入れてからこの対策も考えておかなくてはなりません。今回の『vdB123』はかなり淡い対象なので当初は一晩中、それこそ薄明開始の3時前までずっと撮り続ける予定でいました。

しかし途中で子午線越えのため赤道儀は強制終了していました。最初は突然PHD2がガイドしなくなって「はて?」と思い、もう一度設定しなおしたりPCを再起動したりいろいろやってみましたがそもそも赤道儀が止まっていることに気付き、イナバウアー状態の機材をみてこれが子午線越えのための強制終了であると分かりました。もちろんそこから反転導入すれば良いのですが、ふたたびあの淡い対象を構図が合うように再導入するのは無理じゃね?と思い、今回の『vdB123』の露光はここまでとしました。

南中する夏の銀河の季節。子午線越え…。

もちろん撮影中に仮眠してしまってそのまま薄明まで車中で寝過ごすことも多々あるのでこの子午線越えの機能は安全上あって当然の機能ですが、カメラがある程度ぎりぎり三脚に当たるまで撮りたい時なんかは困る機能です。こういった淡い対象でも難なく導入でき、反転しても再導入が正確に素早くできるシステムを構築したいですね。

デジカメのダークノイズ

先述しましたが、私はいままで夏場はほとんど天体写真は撮ってきませんでした。北アルプスでの山岳星景などは涼しい環境下での撮影ですし、そもそも3分も4分もシャッターを開けたりしません。そういうこともあって夏場のデジカメのダークノイズを侮っていました。

この日も長距離の運転や蚊の群れとの格闘で疲れたためか、2対象目を導入した後は薄明過ぎまで寝てしまい、飛び起きて慌ててダークを撮りましたが10枚くらい撮り進めた画像はすごいダークノイズでびっくりしました。

この日のダーク画像 (18枚加算平均)

最初はダーク撮影時に迷光が入ったしまったかと思いました。
もちろん天体改造機なのでカラーバランスに傾きはありますが、もはや画像が紫がかってダークなのにヒストグラムも出てきています。冬場はここまでダークフレームが荒れることはありませんでした。ダーク減算でうまくマッチングできるか分かりませんでしたが、それなりの効果はあったようです。しかしやはりこのノイズまみれのダーク画像を見ると「冷やしたい…」と思ってしまいます。
ベテランの天文屋さんたちがこぞって冷却カメラを欲するわけを痛感しました。



はくちょう座の網状星雲西部『NGC6960』付近

子午線越えのため赤道儀が停止したことで『vdB123』はその時点で撮影を止め、対象をはくちょう座の網状星雲に向けました。網状星雲も今まで撮影したことがない対象でしたのでこれはこれで良いかと思い、今回はその網状星雲でも西側に位置する『NGC6960』を撮影しました。

はくちょう座の網状星雲『NGC6960』付近

撮影データ
カメラ Nikon D7100(IR-custom)
鏡筒 AF-S NIKKOR 300mm f/2.8G ED VR Ⅱ(f/3.2)
架台 CELESTRON Advanced VX
ガイド鏡 SVBONY SV165(30mm F4)
ガイドカメラ QHYCCD QHY5L-ⅡM
ガイディングソフト PHD2
ダーク減算 RStacker(18枚)
フラット補正 RStacker(64枚)
現像 ADOBE Camera Raw
コンポジット DSS(210秒×15枚 計52分 ISO1600)
画像処理 ADOBE Photoshop CC
その他
・QHYCCD Polemaster
この領域は星も多く、どうしても星雲が奥に引っ込みがちなので非点収差のあるカメラレンズでは特に難しい対象と感じました。そもそもこの対象はブロードバンドよりもナローバンド向きかもしれませんが、星を美しく捉えられるアストログラフが欲しいところです。

構図もこの『NGC6960』を中心とした構図のため中途半端な構図になってしまいました。撮影では横構図でしたが、それを右側をバッサリとトリミングして縦構図としました。この対象は画像処理も難しくて、なかなか骨の折れる作業でした。

飯豊連峰モルゲンロート

ダーク撮影をしながら撤収作業を進めていると次第に樽口峠にも柔らかな朝がやってきました。朝になってみれば夜間撮影中にたびたびお話しさせていただいた近くで撮影されていた方とふたりだけになっていました。

撮影地の柔らかな朝 (GFX50sⅱ+GF35-70mm)

そんな静かな峠からは朝の飯豊連峰が美しく横たわっていました。
そのいまだに雪が残る山肌に朝日が当たってきれいに輝きます。

飯豊連峰のみごとなモルゲンロート…。

飯豊連峰のモルゲンロート (GFX50sⅱ+GF35-70mm)

このなんとも美しい淡く雄大な景色。
そして一晩中曇られることなく堪能した極上の天の川。
これがあるからこんな遠方まで遠征出来るのです。

最後はこの美しい東北の名峰の写真で締めくくりたいと思います。

お付き合いいただき、ありがとうございました。