夏の雷鳥沢と花の楽園たる秘境『五色ヶ原』(後編)

PHOTO TOUR

2020年8月 雷鳥沢~龍王岳~獅子岳~五色ヶ原

夏の雷鳥沢での雄大な北アルプスの山岳風景との出会い、そして室堂から薬師岳へ続く稜線を花の楽園と化した五色ヶ原まで。花と展望に癒される夏の北アルプスアーカイブ。
後編は室堂から龍王岳や獅子岳を経て五色ヶ原へ至る北アルプスの魅力がぎっしり詰まった稜線編。

(目次)

  • 北アルプス憧れの秘境『五色ヶ原』
  • 室堂から浄土山、龍王岳へ
  • 山岳救助
  • 行きも帰りも面食らう獅子岳
  • 花の楽園たる秘境『五色ヶ原』
  • 五色ヶ原の美しい夕景と刹那の星空
  • ガスと強風の復路に雷鳥ファミリー
  • 振り返って

北アルプス憧れの秘境『五色ヶ原』

私も北アルプスを歩き始めていろいろなところ、いろいろな山を歩きました。初めての北アルプスは乗鞍岳で、そこで見た下界では到底あり得ない美しくて雄大な山岳風景に魅せられて、毎年のように北アルプスを歩きながら撮影するようになりました。

本格的に北アルプスを歩き始めたのは燕岳や蝶ヶ岳などの表銀座の山々や白馬岳など。
その山々の稜線から見えた幾多の峰々に憧れ、その後に穂高連峰や槍ヶ岳、剱岳、立山連峰、後立山連峰、黒部五郎岳、水晶岳などを歩いた。

次第に名峰だけでなく北アルプスの中でも “秘境” と呼ばれる地が憧れとなり『日本最後の秘境』とも言われる雲ノ平も幾度となく訪れた。北アルプスの秘境としてその雲ノ平と並び称されるのが『五色ヶ原』

この五色ヶ原もまた私の憧れとなり、

「薬師岳の縦走と併せていつかは…」

と思っていました。

今まで山でお会いした方々からも五色ヶ原の美しさを聞き及んでいましたから憧れはどんどん強まる一方。今夏、この縦走ルート上の3ヶ所のテン場『五色ヶ原』『スゴ乗越』『薬師峠』は幸いにもこのコロナ禍であっても予約なしで野営場を使用できるということで、何度目かの正直でこのコースを選択しました。

前編でも書きましたが、残念ながら結果的には今回も薬師岳までは歩けませんでしたが、一歩一歩ですが少しづつ薬師岳に近づいてるように感じます。

夏の雷鳥沢と花の楽園たる秘境『五色ヶ原』(前編)

室堂から浄土山、龍王岳へ

昨日の悪天が嘘のように2日目のこの日はすっきりと晴れてくれて、これから歩く未踏の地がきれいに眺められました。立山三山とともに一ノ越を隔ててその大きな存在感をいつも示してくれている浄土山と龍王岳。よくよく考えるとこの浄土山や龍王岳もまだ未踏。以前に立山三山を歩いた時は別山から一ノ越まででしたのでここから先の山々の眺望も楽しみにしていました。

室堂平から見上げる浄土山

実は今回、歩き始める数日前から五色ヶ原のテント場が深刻な水不足になっているという情報がありました。室堂での登山届提出の際もやはりそのような情報を受けましたので、雷鳥沢からは一度室堂まで戻って行動用とは別の食事用の水を補給し2Lほど担ぎました。

食事に関してはいつものテント泊山行ならば昼食を山小屋で頂くことで軽量化を図っていましたが、今年はどうもその手が使えないこともあり、予備の食料も含めてすべて担がなくてはなりませんでした。

浄土山への登り、振り返ると圧巻の室堂平の眺望

軽量化したくとも撮影機材は一向にその方向には向かわず、かえってどんどん重くなる一方。そんなこんなで室堂からの浄土山への結構な急登で早くもかなりのキツさを覚え、

「これは本格的に機材の軽量化・スリム化を考えないと…」

と痛感する登りとなりました。

それでも登ってくる途中から眺められた美しい薬師岳と五色ヶ原の景観が元気をくれました。と同時に、

「五色ヶ原…、地味に遠い」

との思いも新たに。

『 A Long Way To Go ~光満ちる遥かなる薬師~』

全般的にこのルートはアップダウンが激しくて、当初持っていたイメージとは違いかなりきついコースと思い知らされることとなりました。しかし険しい急登を登り切り浄土山の山頂部の稜線に出ると立山(雄山)の重厚な佇まいがとにかく雄大で、剱岳の勇猛な山容とともに素晴らしい眺望に息を呑みました。

岩と緑、そしてガスが織りなすコントラスト、まさに “これぞ夏の北アルプス” という素晴らしい山並み。この3日間の山行中はガスが終始山並みを包み、快晴とは程遠い天候でしたが、それもまた北アルプスの特徴的な一面でもあります。

立山(雄山)の神々しい存在感

峰々を従えているかのような勇猛なる劔岳

山岳救助

この浄土山から龍王岳を経て、五色ヶ原に向けての縦走路からは登山者も一気に減って本格的な縦走コースとなってきます。岩場やガレ場のアップダウンはもちろん、ハシゴ、鎖場もありゴツゴツとしたまさに北アルプス縦走路という雰囲気に。

途中にある鬼岳は巻きますが、それでも細かなアップダウンだらけで結構体力を削られます。いかんせん今回が今年初の北アルプス及び今年初のテント泊装備となるわけで、振り返ってみれば昨年の9月の白馬岳以来となり、久々の重量装備と本格的な縦走路にまだまだ身体が追いついていかない感じでした。

鬼岳は巻いてゆく

しかしこの縦走路からも針ノ木岳や鳴沢岳、船窪、烏帽子、そして美しい黒部湖といった北アルプスの味わい深い山々や眺望が美しく元気をもらえます。

黒部湖と針ノ木岳

この五色ヶ原までの縦走路のなかでもっとも大きな存在感がある獅子岳に取りついたあたりで、山岳救助のヘリが登山者の要請で救助作業に当たられました。以前から何回か山岳救助の現場に偶然立ち会ったことがありますが、彼らの素早い行動力は頼もしく思えると同時に “決して他人事ではない” との思いも強まりました。

誰もが「まさか自分が救助されるようなことは無い」と思って登っているわけですが、反面その現実からは目を背けてはいけません。私は山岳保険というものの存在はもちろん知ってはいましたが、実際にあのような救助現場を目の当たりにするとそのような備えも必要なのだと感じます。

山岳保険に加入していると『いざとなったら助けてもらえる』というようなある種の “甘え” が芽生えてしまい緊張感が薄れてかえって危ないという側面もあり一長一短あるとの考えもありますが、じゃあ本当にそのような状況になったら…と考えるとやはり必要なことでしょう。

そもそも保険とはその『まさかの時の備え』のためにあるわけで。今一度、自分の今後の山行を考えるきっかけとなりました。

行きも帰りも面食らう獅子岳

五色ヶ原への “巨大な壁” と立ちはだかるような獅子岳。

室堂からコースタイムを大幅に超えて、なんとか鈍った身体に喝を入れながら登り切った獅子岳。獅子岳からの眺望は素晴らしくも、その先に見えたザラ峠への激下りに絶句…。

鬼岳からつづく獅子岳

せっかく登り切ってのこの激下り、そして遥か下に見えるザラ峠からの五色ヶ原台地への再びの登り返しにまた絶句…。

「五色ヶ原、思っていたよりも遠い…。」

この400mの高低差のなかに、今回のコースで個人的にもっとも危険と感じた箇所がありました。
獅子岳山頂から少し下ったところにハシゴがかけられていますが、そのハシゴ前後はガレ場となっていてかなりの高度感も伴い苦労しました。

とくに私はザックの横にマットやら三脚やらを付けているのでハシゴや鎖場はいつもかなり慎重になるのですが、その前後にあるガレ場は掴まるところも限られ、ズルっと滑ると滑落の心配もあって個人的にとても気を遣う箇所でした。

疲れきった足に体重と荷の重みがどっしりと掛かるのでガレた下りは登りよりも慎重になります。鞍部のザラ峠に下りきって振り返って見上げると、獅子岳のまさに “獅子のような大きな存在感” に圧倒されます。

「帰りはまたこれを登り返すのか…」

と思うと気が滅入ってきます。

しかしあと一登りで五色ヶ原。
登山道の両脇にこれでもかと咲き誇るイワギキョウに元気をもらいながら、もう一度ギアを入れ直します。

イワギキョウ(翌日の帰りに撮影)

花の楽園たる秘境『五色ヶ原』

最後の一登りを終えるとそこはまさに天空の楽園。
雲ノ平によく似た台状の高層湿原、その美しい景観にテント場と五色ヶ原山荘へと続く木道が整備され、登山道の脇には美しい山野草が咲き誇っています。チングルマを筆頭に、ハクサンフウロやハクサンチドリ、ハクサンイチゲ、ウサギギク、イワイチョウ…。

その花の多さたるや北アルプスでも屈指と思われました。

そして見渡すと越えてきた獅子岳をはじめとして針ノ木岳、烏帽子、そして野口五郎岳や赤牛岳など裏銀座の美しい山並みが広がっています。予想よりも長く感じた縦走路のつらさも、この楽園のような五色ヶ原の美しさと到達した達成感、そして何よりようやく休めるという安堵感が混ざり合って何とも言えない感覚に浸ります。

北アルプスの別天地『五色ヶ原』

思わず口から漏れた、

「長かった…。」

この一言にはここまで歩いてきた人間にとってはいろいろな感情、いろいろな思いが詰まっています。

ようやくたどり着いたテント場は昨日の雷鳥沢野営場とは打って変わって静かで牧歌的なとても良い雰囲気が漂っています。

五色ヶ原キャンプ場
・幕営料は700円/張
・きれいなトイレ完備(自動点灯の照明あり)
・水場あり
・キャパは50張程度でペグは刺さりますが大きな石も多数
・受け付けは徒歩10分ほど上に位置する山荘で行いますが、テントを張る前や張った後、もしくは翌日の出発時の受付も可とのこと
心配されたテント場の水量も多くはありませんがしっかりと出ていて安心しましたが、残念ながら朝からもっていてくれた好天も夕方近くには徐々にガスが出始めてきてしまい “見渡す限りの大絶景が広がる…” とまではいきませんでした。

生き生きとした五色ヶ原の高山植物たち

しかし逆にそのガスが高層湿原にはいい雰囲気を醸し出していて、花の楽園の主役たちが瑞々しく、そして生き生きとしているように感じられました。

五色ヶ原はまさに『花の楽園』

雷鳥沢を出発して小休憩のみでここまで歩いてきて、かなり時間が押していたこともあるし、正直言って身体を休めたかったのですが、如何せん撮っても撮っても被写体が多すぎてなかなか撮影を終えることができません。

時折ガスガスの五色ヶ原に美しい光が差し込んだり、と思ったらまたガスったりで目まぐるしく状況が変わっていって、様々な表情を見せてくれました。

午後の斜陽を受けるチングルマたち

五色ヶ原の美しい夕景と刹那の星空

五色ヶ原で迎える夕景をどこで撮影しようかと悩みましたが、夕刻にはかなりガスも濃くなってしまったのと、やはりかなり疲労していたこともあってテント場の近辺で撮影しようと決めました。

本当なら展望の良さそうなところまで行ってみたかったですが、テント場近辺でも十分美しい風景に出会えるのが五色ヶ原キャンプ場のロケーションの良さでもあります。

『Twilight, Do I Remember ?』

裏銀座の夕景

夕刻の斜陽を浴びる赤牛岳、西日を受けて金色に輝く瑞々しいチングルマの綿毛たち、そしてこの日は存在感抜群のガスを纏った獅子岳が赤く燃える美しいアーベントロートを見せてくれました。

燃える獅子岳

長い長い一日の終わりを最高の風景で迎えてくれる五色ヶ原、

「あぁ、来てよかった…、山って素晴らしい。」

天上の楽園が見せてくれるこの美しい瞬間に、ここに “いる” ことができる幸福感を存分に味わえました。

昨夜の雷鳥沢で見れた美しい星空をここ五色ヶ原でも見ることができる、それが重いザックを背負ってここまで頑張れた一番大きなモチベーション。ようやく天文薄明が終わろうとするころ、少しずつではありますが薄っすらと肉眼でも天の川を確認できたのでカメラをセットし撮影開始。

この後、一気にあたりはガスガスに

と思いきやすぐに西から分厚いガスが夜空を覆い始めました。その後はその分厚いガスが晴れることはもう無く、なんと五色ヶ原での天の川撮影はワンショットで終了…。過去、雲ノ平でもそうでしたがなかなかこういった台状の高層湿原での星空撮影は成功させるのが難しい立地と実感しています。こればかりは自然相手なので仕方のないことではありますが…。

この日は時折強風がテントの側面を押しのけますが、比較的静かな夜でした。

ガスと強風の復路に雷鳥ファミリー

翌朝、控えめな朝焼けを迎えた後は、小雨が降ったり止んだり。ガスが西側から次々とやってきて、あっという間にあたり一面真っ白な世界に。

清らかなる山の朝

大雨にならないだけマシか…とか、太陽のジリジリした暑さが無くて涼しくていい…とか、何とかポジティブな理由をつけて撤収作業を淡々を済ませ、室堂への帰路を歩き始めました。

昨日とは打って変わって視界は20mほどしかなく、もはや雄大な景色どころではなく天気が良くなりそうな気配もない。稜線上は風も強くて、こうなってくるともう淡々と帰路を歩くだけ。

ただ周りの景色が見えないだけに、逆に雨にも負けずに足元で可憐に咲き誇る美しい花々に目が向くようになり、色とりどりの花々に癒されました。五色ヶ原はもちろんお花畑状態でしたが、このコースは五色ヶ原だけではなく獅子岳付近や鬼岳の巻道にも大変多くの高山植物が咲き誇るコースでした。

イワツメクサ (岩爪草)

コウメバチソウ (小梅鉢草)

雨に濡れた瑞々しい山野草は展望のない山歩きにそれこそ華を添えてくれます。鬼岳を巻く岩々の登山道ではちょこまかと動き回る可愛らしいオコジョにも出会えました。それほど天候に恵まれたとは言い難い今回の山行ですが、それでも美しい風景に出会えて満足感は得られていましたが、唯一雷鳥に出会えていないことが残念に思っていました。

立山エリアは雷鳥に出会える確率はおそらく日本一と言って差し支えないエリアのはず。ガスガスのこの最終日、稜線では強風に煽られながらこのまま尻すぼみの北ア遠征かと思いましたが、なんと最後の登り、龍王岳の山頂付近で雷鳥親子が出てきてくれました。

雷鳥親子が元気に歩き回る

母親に雛が3羽、健気にガスの中をエサを探しながら登山道まで元気に歩いてきてくれました。
ガスってはいましたがこれほど至近距離まで近づいてきてくれるのも珍しく、間近で雷鳥たちと戯れることができました。

母親に甘える雛

霧雨のなか20~30分ほど撮影していたため機材はびしょびしょで雨水が機材から滴るほどでしたが、甘えん坊の雛が風をしのぐため母親のお腹の陰に隠れようと母親にアイコンタクトする姿がとても可愛らしくて、夢中で撮影しました。

振り返って

室堂までの下りは龍王岳から一ノ越方面を選択し、最後は室堂平に差し込む美しい光を石畳の登山道から眺めながら歩きました。

当初の予定ではこの日は折立に下りて、バスで立山線に向かっていたはず。天気ばかりは仕方ありませんが、結果的にはこれで良かったかと思いました。美しい夏の北アルプスの情景にじゅうぶん浸ることができたし、ここでしか会うことができない動植物たちにも出会えました。

光差し込む室堂平

そして何より多くの課題も露わになったし、新たな目標もできました。このコロナ禍の状況を考えるとむしろ上出来で、やはり愛する北アルプスはいつも私の心を満たしてくれる大きな、とても大きな存在であると改めて感じた3日間となりました。