天体写真への誘い③(カメラ編)

COLUMN

さて前2項において基本的な天体撮影の土台となる天体の基礎を取り上げてきました。ここからは実際に天体を “撮影する” ということについて取り上げていきます。
今回は天体撮影に必要な機材についてです。

この記事の趣旨は以前にも書きましたが、風景写真や星景写真などある程度写真撮影の経験のある方々に天体写真も撮影していただいて、少しでも天体写真の裾野が広がれば…というものです。ということで今現在すでにある程度の撮影機材や、カメラやレンズの操作・知識をお持ちであるという前提で進めていきます。あらかじめご了承ください。

今回は機材の中でも最も関心が大きいと思われるひとつ、カメラについてです。

(目次)

  • デジタルカメラでの天体撮影
  • ノーマルでのおすすめ機種
  • センサーサイズ
  • まとめ



デジタルカメラでの天体撮影

本連載はフィルムによる撮影ではなくデジタルカメラでの撮影に限定していきます。ある程度の写真経験のある方々であればおそらくはデジタル一眼レフカメラミラーレス一眼カメラをお持ちの事でしょう。コンパクトカメラでも天体写真は撮れないことは無いのでしょうが、レンズ交換式のカメラが良いでしょう。レフ機かミラーレス機かはとくに今は問いません。どちらでも良いと思います。

今後のこともありますので天体写真で使われる “特殊な” カメラを紹介してみます。

メーカー純正のアストロカメラ

これを執筆している現在、NikonとCanonから純正で天体専用デジタルカメラがリリースされています。

Nikon D810a フルサイズ3635万画素(2015年5月発売)
Canon EOS Ra フルサイズ3030万画素(2019年12月発売)
※残念ながら『D810a』は現在では旧製品となっています。

この “a” というのがAstroの “a” であり天体専用カメラの証でもあります。このカメラは赤い星雲が放つ赤外線域の波長の光を通常のカメラよりも4倍程度写りやすくフィルターを変えてあるカメラになります。

この赤外線域は人の目には見えない波長なので通常はそういう光に反応してはマズいのですが、天体撮影においてはそれがとても有利なものになります。これらのカメラはメーカー純正なので故障時もメーカーのサポートが受けられますが、なかなかに高価なものになります。どうしても天体撮影というのは一般的な撮影に比べて“ニッチ”なジャンルなので出荷数もあまり出ないことからどうしても高価になりがちなところがあります。

IR改造カメラ

メーカー純正の天体専用カメラはとても高価なものですので手が出しにくいです。
そこで安めのカメラや型落ちのカメラ、中古のカメラを赤い星雲が写りやすくフィルター改造する方が多いです。もちろん自分で改造するのではなく(自分で改造する方もおられますが)、改造業者とパイプのある天文ショップや直接改造業者に持ち込んで改造を依頼したり、すでに改造済みの個体を手に入れたりしています。

ただ改造してしまうともちろんメーカーの保証は受けられなくなりますので『自己責任』ということになります。改造業者はいくつかありますが概ね3~4万円程度で改造してくれます。改造の内容もどこもほぼ一緒と考えてよいと思います。
『自己責任で』ということになり敷居は高いですが、安く済ませたい場合は検討しても良いと思います。

改造業者はいくつかありますので興味のある方はググってみて欲しいのですが、世の中にあるカメラというカメラすべてを改造してくれるわけではありません。改造できる機種というのが業者によっても異なりますので、そのあたりも念頭に入れておかなければなりません。
ちなみに私もNikonのD7100というすでに型落ちのカメラを安く中古で買ってIR改造してもらい撮影に使っています。

Nikon D7100(IR-custom) とSWAT200

何を改造するのか
改造すると言っても何もセンサー自体を改造するわけではありません。実はもともとデジタルカメラで使われているCMOSセンサーというのは人の目には見えない波長の光も通す構造になっており、一般的用途の撮影ではそれでは使えません。
そこで世の中にあるカメラというカメラのセンサーにはすべて赤外線や紫外線など人の目には見えない波長の光をカットするフィルターがセンサーの前面に付いています。そのフィルターによって人の見たようなカラーバランスの画像にしています。しかし天体撮影にとってはそれが逆に仇になって赤い星雲の写りが悪くなってしまいます
そこでそのフィルターを取り除き、そこに光路長を合わすため、または天体撮影に必要のない波長をカットするための別のフィルターを置換するのです。

天体専用モノクロカメラ

天体撮影のベテランの方々、ハイアマチュアの方々の中には天体専用の冷却モノクロカメラを使用している方もいらっしゃいます。そのモノクロカメラを使ってナローバンド撮影したり、RGBを三色分解して撮影したり、“LRGB撮影” と言ってカラー情報とは別に輝度情報(luminance)も別々で撮影する方法を試みている方々が多いです。

一般的なRGBのカラーベイヤーではないモノクロセンサーならではの圧倒的な解像感は天体写真に向いていて、とても美しい画像を取得できます。しかしその分苦労やお金もかかるものなのですが、私もいつかは取り入れてみたい撮影方法です。

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このように一般的な撮影ではまず使われないようなカメラを使って天体撮影されている方が多いのですが、別に絶対に改造しないといけない、モノクロじゃなければいけないというわけではありません。ノーマルカメラでもとても綺麗な天体写真を撮影されている方も多いですし、天体はなにもすべてがすべて赤い星雲というわけでもありませんから。

それに先述しましたが改造に関しては “メーカーの保証外” になってしまいますし、改造してしまうと一般撮影ではカラーバランスが狂って基本的には使えなくなってしまいます。もちろん予めグレースケールなどを使ってWBを合わせて、それをプリセットしておけばある程度はカラーバランスは保たれるかとは思いますが。

改造したり、高価なモノクロカメラを視野に入れるのは本格的に天体写真をやっていきたいと思ってからでも良いと思います。どうしても赤い星雲の写りを気にされるなら高価ですが純正のアストロモデルのほうが安心して使っていけると思います。



ノーマルでのおすすめ機種

ローパスフィルターの有無

ここで私の経験則から天体写真をこれから撮影してみたいという方向けにオススメの機種は何か、を考えてみました。明確な機種名を挙げることはしませんし、そもそも私はNikonのカメラしか使ったことが無いので他のカメラの写りは正直よくわかりません。

ただ一つ言えるのはどうも “ローパスフィルター(以下LPF)の有無” というのは赤い星雲の写りに大きく影響しているのでは、と思っています。

以前使っていた “a” ではないノーマルのNikon D810は約3,600万画素という発売当時としてはフルサイズカメラにおいて最も高画素なカメラでした。そのD810で撮影したとき、意外にも赤い星雲がそこそこ写っていて興奮しました。それがきっかけでこの世界に飛び込んだ、と言ってもいいくらいでした。

いて座付近のM8やM16、M17、オリオン大星雲や馬頭星雲も薄っすらではありますがしっかりと写っていました。もちろんなかには赤い星雲でもほとんど写ってこないものもありましたが、改造しなくても初めはこの程度の写りでも良いのではないかと思えるほどです。

ノーマルD810で撮影。マゼンタ色ですが赤い星雲がしっかりと写っている。

しかし私が現在山岳や風景、野鳥などでメインで使用しているNikon D5で星空を撮っても赤い星雲は全く写りませんでした。(写ってはいるけど赤くない)
D5は低画素機のためLPFが備わったカメラです。LPFはそもそもデジタルカメラの宿命でもある『モワレ』を低減するものですが、そのぶん解像感は犠牲になってしまいます。
高画素機はそれこそ解像感を売りにしているわけですから『モアレ』よりも『解像感』を優先しているためLPFを備えていない機種が多いです。

ローパス有りのD5で撮影。完全に色の抜けた星雲。

世の中にあるLPFを有するカメラと有しないカメラすべてを検証したわけではないのでこれは推測になってしまいますが、もしお持ちのカメラがLPFレスの機種であれば、まずはそのカメラで天体撮影を始めてみても良いと思います。

赤い星雲が写りやすいノーマルカメラ

さて私はNikonのカメラばかり使っていますが、中には改造しなくても赤い星雲が写りやすいメーカーというものがあるようです。その代表格が 『FUJIFILM』 のデジタルカメラ。

カラーフィルターの違いなのか、画像処理エンジンの違いなのか、このフジのカメラで撮影すると改造機ほどではないにせよそこそこ赤い星雲が写るようです。フジのカメラは中判センサーのカメラを除けばその多くがAPS-Cセンサー搭載のカメラなので価格も比較的安価で手を出しやすいカメラです。

星喰い現象(スターイーター問題)
一般的なデジタルカメラには “星喰い現象(Star Eater)” という問題があります。星は人間が思っている以上に多くて、デジタルカメラでさえその小さな星々を “デジタルノイズ” と判断してノイズ処理してしまいます。
もちろんシリウスなどの1等星を消してしまうことはありませんが、本当に小さな微光星はどんなデジタルカメラを使っても “デジタルノイズ” と判断してしまうようです。これは致し方ないことで、NikonにしろCanonにしろSonyにしろその大小はあるにせよ消してしまう問題からは逃れられないようです。たとえRAWで撮ったとしても画像処理エンジンを通る以上避けられないものです。ベテランやハイアマチュアの方々が天体専用のモノクロカメラを好むのはこのあたりのこともひとつの要因のようです。

センサーサイズ

天体撮影におけるセンサーサイズの考え方ですが、もちろん画像品位全般を考えればセンサーが大きければ大きいほど良いことになります。これはどのジャンルの写真でも同じことです。
低ノイズ、色再現、諧調、ダイナミックレンジ、解像感、すべてセンサーが大きいほうが圧倒的に有利になります。このあたりは一般的な撮影をされている方なら実感としてお分かりかと思います。
とくに天体写真のように極端に暗いもの、目にも見えないようなものを撮影しているわけですからその画像品位の違いの差はかなりあることになります。

センサーサイズの面積比

ただ私は初めのうちは天体写真についてはセンサーサイズが小さくても良いと思っています。そこで小さいセンサーの利点を挙げてみました。

天体を大きく写せる

同じレンズを使って撮影したときに、センサーサイズが小さくなれば小さくなるほど写野角は狭くなります。つまり相対的に目標とした被写体は大きく写ります。このあたりはみなさんお分かりかと思いますが、撮影の段階で『トリミング』しているということです。

200㎜の焦点距離のレンズならAPS-Cならフルサイズ換算で焦点距離300㎜で撮影した写野角と同じになりますし、4/3センサーならば倍の400㎜相当の写野角になります。昨今のデジタルカメラ用のレンズは解像力の高いものが多いので2,000~3,000万画素クラスのカメラならばまず『オーバーサンプリング』になることは無いでしょう。

小さいセンサーならば新たに500㎜や600㎜と言った超望遠レンズを導入せずともある程度は迫力ある天体写真が撮れると思います。

レンズのおいしい部分を使える

レンズにはイメージサークルというものがあります。
フルサイズ用のレンズならばフルサイズセンサーをカバーするイメージサークル(約44㎜)になるように設計されています。フルサイズ用のレンズが大きく重くなるのはこの44㎜をカバーしなければならないためです。

しかしこの44㎜のイメージサークルをカバーしていると言っても、どうしても周辺部分は中心部に比べて画質は落ちてしまいます。その『ヘタリ度合』はレンズによってもちろん違いますし、そもそも一般的な撮影では基本的には気にしなくともよいレベルです。風景などを撮影したときに周辺減光が少し気になる程度で済みます。

しかしこれが天体撮影となると話が変わってきます。
高性能と謳ったフルサイズ用レンズでもフルサイズカメラを装着して撮影すると『こんなにも周辺画質は落ちるのか…』ときっと驚かれると思います。周辺の星は放射状に流れて歪な形で、コマ収差や色収差があからさまに現れ、光量も落ちます。

逆に言うと星を撮ってみればそのレンズの画質の均一性を丸裸に出来ます。もちろん高価なカメラレンズの中には周辺まで優秀なものもありますが、実はそういったレンズというのはイメージサークルが少し広めになっていることがあります。

周辺減光の一例

上の画像は周辺減光の例です。(便宜上WB調整とレベル補正で強調)
レンズはフルサイズ用のレンズ、カメラはAPS-Cセンサーのものです。APS-Cセンサーはフルサイズセンサーの半分以下しか面積を持ちませんが、フルサイズ用のレンズ(イメージサークル44㎜)を装着したとしても実はこれほどの周辺減光があります。

私のおすすめはその周辺の『ヘタリ度合』をあらかじめ考慮してセンサーをダウンサイジングすること。フルサイズ用のレンズならばAPS-Cや4/3センサーで撮影する方法です。これならばレンズ中央部の画質の『おいしい部分』のみを使うことになるので非常に理にかなった選択だと思います。

カメラが軽くなる

一般的にセンサーサイズが大きくなれば大きくなるほどカメラ本体は重くなります。長時間露出する天体写真において三脚や架台などの『足回り』は重ければ重いほど安定した撮影ができます。逆にその上に載せるカメラやレンズは軽ければ軽いほど撮影の成功率はあがることになります。上に載せるものが重くなれば重くなるほど『足回り』もそれに合わせて重くしていかなければなりません。よってカメラはフルサイズのカメラよりもセンサーサイズの小さいAPS-Cや4/3センサーのほうが安定運用できると思います。

このように画質品位はセンサーが大きいほど良いですが、そのぶんそれなりの苦労(と金額)を伴うことになります。そして一般撮影とは違い『フルサイズのほうがボケる』といった理由での用途は天体撮影には必要ありません。中央から周辺にかけていかに均一性があるか、といったことの方が天体写真では重要視されます。

さらに天体写真のほとんどは “ワンショット” ということはほぼ無く、何枚も撮影して後でコンポジット(加算平均)します。星景写真の多くは15~30秒のワンショットで撮影するのでセンサーサイズの優位性がそのまま画質品位に直結しますが、コンポジットすることで画質品位の欠点は十分穴埋めできることになります。簡単に言うとAPS-Cセンサーでフルサイズセンサーの約2倍の時間を撮影に充てることが出来れば画質品位はほぼ同等ということです。(解像感の部分は補えませんが)

まとめ

天体写真を撮ってみようと興味が湧いて『じゃあカメラをどうしようか?』と悩まれているようでしたら、とりあえずは手持ちのデジタルカメラで良いと私は思います。赤い星雲がどうとか、画質がどうとか、そういったことはまず実際に撮影してみてから判断しても遅くはありません。

純正の天体専用カメラの導入は高額な投資になりますし、改造は自己責任となってメーカー保証外となってしまいます。のちのちに本格的に天体撮影に興味が湧いて “自分はどんな天体写真を撮りたいのか” が明確になったときにもう一度それに合わせたカメラを検討するということで良いと思います。