Nikon FM (ニコンの歴史的名機)

COLUMN

私は現在、主にニコンのデジタル一眼レフカメラで撮影していますが、19才の若造のときに初めて手にしたカメラが中古のオリンパスのフィルム一眼レフカメラ『OM-30』でした。当時レンズは50㎜のMF単焦点レンズしか持っていなくて、被写体をしっかりと観察して、とにかく足を使って撮影していました。

カメラの上達方法として、

まずは50㎜の単焦点レンズだけを使ってモノクロで撮影する
という手段が有効と言われていますが、私もそう思います。

画角が変えられない、
AFもない、
そして色もない。
とにかくを意識しながら、どのような角度から撮影するとどのような表現の写真になるのか。
被写体をじっくり観察して、自分の立ち位置を変えることで背景との距離感や、被写界深度の変化も自然と身についてきます。
当時のオリンパス純正のズイコーレンズはどちらかというと固い写りをするレンズで、結構個人的には気に入って使っていました。

次第にカメラに対する欲求も深くなっていって、ニコンのフィルム一眼レフカメラ『F801s』というカメラを手にしました。かなりの間このニコンのカメラがメインとなって、その後サブのスナップ用として中古で安価だった『FM』も手に入れました。
本格的な撮影自体は『F801s』と、のちに知人から(ほぼ永久的に)借りたマミヤのフィルム中判『645』を中心として撮影していたので当時このFM自体はそれほど使いませんでした。

Nikon “F”の系譜

伝説の名機ともいわれる1959年発売のニコン初の一眼レフカメラ『Nikon F』
その後に後継機種として1971年に登場した『Nikon F2』
そしてニコンのフィルム一眼レフレックスとして“もはや完成された”ともいわれる『Nikon F3』
いずれも日本が世界に誇れる工業製品として歴史的な名機たち。
残念ながらいままで私はこの『F一桁機』は使ったことが無くて、ずっと憧れのカメラでした。

そのプロ機ともいわれる『F一桁機』の弟分として出てきたのがニコマートの流れを汲む『Nikon FM』『Nikon FE』。いずれも中級機としての立ち位置ですが『F一桁機』に決して引けを取らない素晴らしいカメラでした。

機械式の完全マニュアルカメラ

FMは機械式カメラで、いわゆる電池が無くても撮影できる機械式カメラ。
それに対しFEは絞り優先AEを搭載し、電子シャッターで動くカメラで、つまり電池が必要となるカメラでした。ただ個人的には露出計に関しては大雑把すぎるFMのLED式のものよりもFEのアナログ追針式のほうが視認性が高く使い勝手は上だと思っています。

FMはその後1982年に『FM2』として後継機が発表され、なんと1/4000秒という高速シャッターを実現して当時話題となったカメラと言われています。(FMは1/1000秒が最高速)
その2年後にマイナーチェンジした『New FM2』という機種が発売され『F一桁機』と並んでロングセラーとなったニコンの看板的な名機となりました。

時代はデジタルへ

時代はデジタルに移行し、フィルムで撮影するよりも圧倒的に撮影コストが安くなり、現像に関してもラボや自家現像せずともデジタルで処理できるようになり合理的になりました。

そんな中、私はニコンのフィルム一眼レフから乗り換えで最初のデジタル一眼レフとしてペンタックスのKシリーズに移行したのち、すぐに『D610』を導入し再びニコンに戻りました。その後はずっとデジタル一眼レフを使用することとなり、フィルムカメラはほとんど使わなくなりました。

一応これまで使ってきたオリンパスやニコンのフィルムカメラは大切に保管してあります。それらは今ではもはや単なる『思い出の品』としてしか存在はしていませんが、この『FM』だけは別。




フィルム時代は本格的に風景写真を撮っている多くの人は中判フィルム(いわゆるブローニー判)で撮っていました。今でもたまに山で中判フィルムで撮影されている方をお見受けしますが、さすがに私はもう今は中判フィルムで撮影するモチベーションもないし、そもそも昨今のデジタルカメラは写りを含めた性能面でもはやフィルム中判の写りを凌駕しています。

もちろん独特な滑らかな諧調性や粒状感などに代表されるいわゆる『フィルム写真の独特な風合い(フィルムライク)』はフィルムで撮影しないと獲得できませんが、解像度や色再現、ダイナミックレンジ(ラティチュード)はいまや完全にデジタルが上です。

しかし大掛かりなフィルム中判で雄大な風景を撮影するような場面ではなく、それこそもっと気軽に『フィルム写真の独特な風合い』を目指すにはコンパクトな35㎜判はとても扱いやすいサイズです。
そういったスナップ主体の場面で使いたくなるのが私の場合まさに『FM』となります。

FMの普遍的な美的デザイン

私自身がいまだに保有する『OM-30』や『F801s』以外にも世の中には多くのフィルムカメラが存在するわけですが、私にとってカメラとして最高のデザインだと思っているのがこの『FM』。フィルムカメラという括りを取っ払ってもやはり全世界に存在しうる写真機のなかでも最も素晴らしいと思えるデザインです。

無駄なもの一切を省くと工業製品はこういう形になる、という見本

かの名機『F3』は工業デザイナーとして名を馳せるジウジアーロがデザインを担当していますが、私はこの『FM』系のほうが好みです。まさにニコンの写真機のもっとも洗練された機能美というか、一切の無駄を省いたシンプルの極致のような美しいフォルムは所有欲を満たしてくれ、いろいろなところへ持ち出して写真を撮りたくなるカメラです。

発売当時は飛ぶ鳥を落とさんと躍進する高度経済成長期の日本。
『モノづくり大国』として出来得る技術や品質の高い材質を惜しみなく投入した工業製品でもあります。物自体が売れなくなってきている昨今はいかにコストを下げるか、いかに利益を出すか、そんなことが最重要視されてしまう時代。今のデジタル工業製品はどれもたしかに進んだ技術力は素晴らしいものがあると思いますが、このアナログ時代に作られた製品というのは『モノ自体』に価値を置くような製品が多い。だから長持ちするし、とくにニコンのカメラは堅牢に作られているので30年以上経ってもいまだにカメラとして機能する。
もちろんどうしても消耗部品が少なからず使われているので、すべてがすべて永遠に故障なく使用できるわけではないのだけれども、その耐久性は現代のデジタル製品の比ではありません。

シンプルな操作性

もちろん70年代に製造されたフィルム一眼レフカメラなのでデザイン同様に操作性も実にシンプル。今のデジタルカメラのように複雑なものではありません。
とくにこの『FM』系は機械式のカメラなので露出計こそ付いていますが基本的には完全マニュアル
カメラ操作にまだ慣れていない方々からすると『完全マニュアル』と聞くと難しい印象を持たれるかもしれませんが、です。今のなんでも出来てしまう最新のデジタルカメラよりも簡単です。

操るのは『絞り、シャッタースピード、ピント』のみ。
フィルムカメラなので感度は装填したフィルムの感度、つまりISO感度はフィルム装填時で基本的には固定となります。あとは絞りとシャッタースピードを操作して被写界深度と露出を制御、ピント位置と構図を決めてシャッターを切るだけです。

シンプルだからこそ自分がどのような写真にしたいかを直感的にカメラに伝えることができます。さらに写真の基本『絞り・シャッタースピード・感度』の関係性(EV値)についても理解しやすいです。いくら現代の優れたデジタルカメラで撮影していたとしても、フルオートでばかり撮影していると綺麗な写真は撮れても写真の基本構造を理解することは不可能ですし、写真の上達にはつながりません。

デザイン同様、操作性もシンプル

そういった意味で、操作できる要素が限りなく少なく基本の部分しか撮影者が関与できないというのは実は写真の上達においてとても大切なことだと思います。
現代のカメラは出来ることが多すぎます。
ブラケット撮影(HDR)やら、数種類のプロファイル、露出補正、ミラーアップ、手振れ補正、AF(シングルやコンティニアス、追従タイプ)など。写真の基本を理解している人だとしてもこれほど機能が盛り込んであると『カメラに使われてしまう』状況に陥ってしまいます。



フィルムリバイバル

デジタルカメラが登場して何年経ったでしょうか。
もはや黎明期と比べて飛躍的に進化したデジタルカメラ。
『フルサイズ(35㎜判)ミラーレス』というブレイクスルーも果たし、もはやこれ以上の発展は無いとさえ思えるほど進化を遂げました。誰が撮っても同じような高品位なデジタル写真が溢れるようになると、フィルム写真の独特な風合いが再び脚光を浴びます。昨今の『フィルムリバイバル』は間違いなくデジタルカメラの進化の頭打ちによる側面もあるでしょう。

フィルムが再び脚光を浴びるのは浮世の必然だろうか

とくに若い世代、初めて手にしたカメラがすでにデジカメという世代にとってはフィルムは逆輸入的に興味が湧く存在でしょう。

いちいちフィルムを装填しないといけない
撮影結果をその場で確認できない
撮影から帰ったらフィルムをラボに出さないといけない
自家現像しなければいけない
ネガであればプリントしなければ写真を見ることができない
また撮影するには新しくフィルムを買わなければならない
今の何でもかんでも合理主義的な社会において非合理的なところがかえってとても魅力的に感じる若者も多い。フィルムが再び脚光を浴びるのも必然なのかもしれません。

とは言え、フィルム人口は決して多くはないしニッチな分野、今後もそれほど多くの方がフィルムでの撮影をすることは無いでしょう。かく言う私も年間に3本くらいしかフィルムでの撮影は行っていないし、ましてやコストのかかる中判での撮影は皆無です。

しかしこの名機『FM』を構えて写真を撮ることはいつもワクワクするし、いつも楽しいと感じられます。次々と矢継ぎ早に各メーカーから出てくる超ハイスペックな最新のデジタルカメラの中に、果たして何年経っても撮影が楽しいと思わせてくれる機種が存在するのであろうか…。
いくら時代が進もうとも、私はおそらくこの『FM』を手放すことは無いでしょう。
もっと言うと状態の良い中古をもう一台欲しいくらいです。

Nikon Zfc登場

さて、デザイン的にとても美しいと思っているFMですが、こんなデザインのミラーレスカメラがあればな~などと妄想したこともありました。ニコンのフルサイズミラーレス一眼『Z7/Z6(Ⅱ)』や『Z50』系のデザインは個人的には好みではありませんでした。いかにもZマウントの巨大さを主張しすぎているため、バランスを崩しているように私には見えます。

たしかにZ6自体は素晴らしいカメラでしたし、f/4通しのキットズームレンズしか使ったことは無いですが、さすがの写りでした。写りや取得できる画像品位だけを重視するならもはやFマウント機を使う気にはなれませんが、私には“それだけではない何か”を撮影機材に求めてしまいます。そういった要素も良い写真を残すための大きな要素だと思っているからで、それがZ6を手放した理由でもありました。

Nikon Z6 & Mirrorless Camera

デザイン的にはソニーや富士フィルムのミラーレス一眼カメラのほうがクラシカルな要素と現代的な要素をうまく取り入れたデザインだと個人的には思っていました。ずっと巷ではNikon Dfのミラーレス版がリリースされるという噂もあり、本家ニコンの今後のミラーレス機の動向も注視していたところに、2021年6月下旬、ニコンから正式に主に若者をターゲットにした『Zfc』が発表になりました。それもまるで私が妄想していた『FM系のミラーレス版』と言えるデザインで。

ニコン公式のZfcのHP
Nikon Zfc (わたしの世界を変えたモノ)

妄想が現実になったからと言ってそれが即手に入れる理由にはならないのですが、苦境に立たされているとも言われるニコンにとってヒット商品になって欲しいし、美しいデザインのカメラを所有する、首から下げる意義を多くの人に感じてもらえるまたとない機会だと思います。