『煌めく刹那の光』盛夏の北穂高岳に抱かれて(前編)

PHOTO TOUR

2020年8月 上高地~涸沢~北穂高岳

上高地から涸沢、そして北穂高岳へ盛夏の北アルプス撮影山行。緑輝く北アルプス南部の穂高連峰、その北端が誇る国内屈指の大展望地『北穂高岳』。穂高に抱かれる美しき涸沢カール、色彩豊かな山野草、湧きたつガス、そして満天の星空を紡ぐアーカイブ。
前編は美しき上高地と涸沢カールの燃える朝まで。

(目次)

  • 国内最高峰の岩峰山塊『穂高連峰』
  • 北穂高岳
  • 本撮影山行の計画
  • 美しい上高地と長い横尾までの林道
  • 横尾から盛夏の涸沢カールへ
  • 涸沢の夕景
  • 燃える涸沢



国内最高峰の岩峰山塊『穂高連峰』

3,000mの峰々が連なる北アルプス連峰。
優美な稜線にところどころ天まで突き刺すような急峻の山が聳えるその景観は、間違いなく国内屈指のアルピニズムのメッカ。その中でも圧倒的な存在感と重厚感を有するトップ3と言えばやはり剱岳槍ヶ岳、そして穂高連峰。これらの山々は日本のアルピニズムの中心と言ってもよく、登山者永遠の憧れ。そしてそれは何回登ってもなお『永遠の憧れ』でもあります。

穂高連峰は国内最高峰の岩峰山塊とも言われ国内はもとより、国外からも多くの登山者が訪れます。
ピークがひとつしかない剱岳や槍ヶ岳と違って穂高岳は『連峰』と呼ばれる通りいくつかの峰々で形成され、奥穂高岳を最高峰に険しい岩峰群の塊。西穂高岳前穂高岳北穂高岳涸沢岳などどれもが3,000mを超えたまさに雲上の要塞で、その峰々を繋ぐ稜線は北アルプス最難関の登山ルートでもあります。とくに西穂高岳から奥穂高岳の間は馬ノ背ロバの耳ジャンダルムなどある程度の岩登りの経験を有した登山者でないと困難なルートでもあります。

国内最高峰の岩稜山塊、穂高連峰。(2019年9月撮影)

北穂高岳

私はかつて前穂高岳以外の奥穂高岳・西穂高岳・北穂高岳に登っていますが、その中で最も好きなのは『北穂高岳』。北に聳える槍ヶ岳が大キレット越しに遠望でき、南には奥穂高岳と前穂高岳、真下には悍ましささえ覚える滝谷の圧巻の岩峰群、とこの頂からでしか決して見ることができない素晴らしい大展望が広がり、山岳写真を撮るには最高のロケーションだと思っています。

昨年2019年の夏、私は大キレットの真向かいに聳える南岳から北穂高岳・滝谷方面を撮影しました。
その時に改めて北穂高岳の美しさを再認識し、機会があったらぜひまた登って、そこからの展望を目にしたいと思っていました。

南岳小屋と岩稜帯が圧巻の穂高連峰。(2019年9月撮影)

北アルプス登山は少し麻薬的なところがあり、一度美しい展望を体験してしまうと何度も何度も訪れたくなり、それが『永遠の憧れ』となるのでしょう。

名峰を結ぶ南岳と天狗池が誘うもうひとつの世界

本撮影山行の計画

今回私が計画したルートは実に単純明快、

上高地から涸沢カール経由の北穂高岳ピストン
登りも下りも涸沢カール泊を挟み、1日もしくは2日間北穂高小屋のキャンプ地、通称『北穂南稜テラス』でテント泊という計画。最短で3泊4日、予備日を使うと最長で4泊5日という日程です。

実は以前に北穂高岳に登った時は北穂高小屋に宿泊したのですが、その時に見た南稜テラスと呼ばれるまさに天空のキャンプ地でぜひテント泊をしてみたいと思っていました。

この山行計画をみて、穂高連峰の峰々に登ったことがある方は不思議に思うことでしょう。4日もしくは5日も穂高にいて北穂高岳にしか登らないこの計画を。これだけの日にちがあれば奥穂も前穂も、人によっては西穂や槍ヶ岳までじゅうぶん縦走できるのでしょう。しかし山岳写真を主目的としている私はいつもこのような計画になってしまいます。ザックにはテント泊装備のほかにカメラや交換レンズ、三脚、各種フィルター、レリーズなど撮影機材も詰め込んでいますので、常にコースタイムの1.5倍は覚悟しなくてはいけません。

さらに重量だけでなくザックの脇に括り付けたマットやら三脚が幅をとってしまい、この荷を担いで奥穂高岳や前穂高岳への厳しい岩稜帯の稜線を縦走して越えていく自信は私には全くありません。そもそも私は山岳写真を撮影しているのに “高所恐怖症” という致命的な弱点を持っていますので、たとえ軽身だとしても私にはたいへん厳しい稜線で、実はいまだに北穂~奥穂間、奥穂~前穂間、奥穂~西穂間、そして大キレットは歩いたことがありません。それら稜線は私にはまだ見ぬ『永遠の憧れ』であるわけです。

美しい上高地と長い横尾までの林道

昨年の夏、南岳撮影山行以来の上高地。
しかし1年後の上高地は下界と同様に一変してしまった…。

清流梓川と焼岳

新型コロナウィルスの影響による過疎化(過疎とまではいかないが…)、度重なるこの山域を中心とした群発地震、大雨による道路の崩落。そしてクマ被害による小梨平キャンプ地の閉鎖、と困難に次ぐ困難。なにかこの美しい山域において悪い影響が連鎖的に起こっているようで、近年まれにみる災難続きと言えるでしょう。

私も入山のための定期バス利用時はマスク着用、手の消毒、体調の管理を行い、いつもとは異なる入山になりました。

光あふれる上高地

しかし、そこにあった上高地の美しさに何も変わりはありませんでした。バスの車窓から見えた大正池や焼岳、清らかなる上高地の空気、清流梓川、そして雄大な穂高連峰の眺め。世の中の歯車がどう狂おうが、そこには不変の美しさがありました。

決してまやかしなどではないこの美しい景観を眺め、おいしい空気を吸えば、これこそが本当の、真実の世の中なのではないかと…。

閉鎖され、静寂が包む小梨平

これほど静かな上高地は後にも先にも無さそうに思えて、閑散とした閉鎖状態の小梨平キャンプ場を横目に林道を歩く。やはりこの美しく清らかな上高地の風景は、この後に待つであろう雄大な風景への期待感もあっていつも『特別なもの』に見えてしまいます。緑深き森も、光あふれる沢も、静まり返った古池も、気高い美しさを誇る明神岳も。

ここにあるすべては『特別なもの』
そして『不変のもの』

明神から徳沢、そして横尾と、長い3時間ほどの『無』になれる貴重な時間。

この林道の長さ…。
そう、この長さこそが『下界』『聖域』をしっかりと隔ててくれる大切な時間であると感じれるようになったのは、ある意味この混沌とした年だからなのかもしれない。

横尾から盛夏の涸沢カールへ

横尾にて横尾山荘でお昼を頂こうと山荘に向かうと『食堂営業中止』の張り紙。もちろんこのご時世、通常の営業だとは思ってはいませんでしたが、これは想定外でした。案の定ここまでコースタイムは押していたので、ここで自炊する時間は計算に入れていなかったため、この先は用意した行動食で凌ぎつつ歩くことにしました。

今回は横尾大橋を渡って涸沢へ

いつもながらの荷の重さと、日が高くなるにつれ上がる気温に本谷橋から先はかなりペースが落ちました。前回の五色ヶ原山行は度重なる登り返しにかなり疲れましたが、今回は長い長い林道歩きにかなり体力を削られてしまいました。

本谷橋を過ぎてからは老練で健脚な方とお話をしながら登ることができたので疲労感がかなり和らぎましたが、最後のひと登りというところから再び一人となると途端に疲れがどっと出てしまい、最後はヘロヘロになりながらなんとか涸沢ヒュッテまでたどり着きました。

雄大な屏風岩

本谷橋にてしばしの休息

よくよく考えてみると、この雄大なる美しい涸沢カールの景観はずいぶんと久しぶり。私は混みあう山や人気のテント場・山小屋が苦手なので、涸沢カールにはそれほど多く来ていたわけではないので、何度来ても新鮮に感じて圧巻の眺望に撮影の手が休みません。

穂高連峰が聳える涸沢

涸沢カールからは雄大な穂高連峰が素晴らしい

今回は平日ということでこの山域を選びましたが、私にとって涸沢カールは週末や連休は避けたい山域ナンバーワン。しかしこの日は某コロナの影響もあってか小屋もテント場もガラガラで、今までで一番ゆったりと過ごせました。

涸沢キャンプ場
・標高2,300mに位置する穂高連峰に抱かれるキャンプ指定地
・可能幕営数は500張(紅葉の最盛期は1,000張とも)
・利用料金は1,000円/人(トイレ料金含む)
・トイレは涸沢ヒュッテのトイレを利用
・コンパネの貸し出し可能
・受付は中央の管理棟にて(この日の受付時間は16時~17時、日によって異なる)
・基本的に先に張ってから、後で受付
・水は涸沢ヒュッテの水場(無料)
・ペグダウンは実質不可能な箇所多(岩や石で固定)

涸沢野営場について詳しくは涸沢ヒュッテHPにてご確認ください
北アルプス穂高氷河圏谷|涸沢ヒュッテ



涸沢の夕景

涸沢ヒュッテもいつもの夏とはかなり様相が異なっていて、基本的には宿泊者以外の小屋内の立ち入りは禁止され、マスク着用、手の消毒などがコロナ対策として行われていました。ただ助かったのは軽食や外売店は通常通り利用でき、とにもかくにも空腹を満たすためテラスで軽食をいただき、その後にテントを適当なところに張りました。

きっといつもの年の週末や連休であれば張るところを探すにも苦労するのでしょうけども、この日は労せずして好きなところに張ることができました。

夕刻の静かな時間が過ぎてゆく

そうこうしているうちにもう夕方。

本当であれば疲れた身体を休ませるため、テント場でゆっくり横になりたかったのですが夕刻のカールを撮影するため準備に取り掛かります。今回は時間的にかなり余裕のある計画に思えますが、山の写真を撮っていると意外と忙しくて、この山行を通して本当にゆっくりと、のんびりと過ごせたのは最終日の朝くらいでした。

穂高の稜線と上弦の月

この日の夕方はガスと山並みが程よい感じで、美しい風景を見ることが出来ました。そもそも涸沢カールは穂高連峰に囲まれている地形なので、方角的に朝焼けは撮影できますが残念ながら夕焼けというものは撮影はできません。

それでも稜線に絡むガスや空が美しく茜色になってくれるので、この雄大な山並みをさらに美しく彩ってくれます。

夜の帳があたりを包む

その後、辺り一面は一気にガスガスとなって夜の星撮影は無理と思いつつ、疲れがどっと出てしまい夜はそのまま寝続けることになりました。

燃える涸沢

翌朝、多くの登山者はそれぞれの想い、それぞれの山行計画に従い北穂高を目指す方やザイテングラードを登り奥穂高を目指す方、そして下山する方などが行動を始めています。ここ涸沢をベースとして軽身で奥穂や北穂を目指す健脚な方も結構いらっしゃるようでした。

私はというと、この日はモルゲンロートを撮影しきってから北穂高を目指すのみ。私はこの余裕のある計画が山の写真を撮りきる大切な要素と思っています。あまりに行程を詰めすぎてしまうと撮影に余裕がなくなり、その後の行動もタイトになってしまい、特にこのような岩山では事故のもとになってしまいます。

清らかな一日が始まろうとしている

日の出は5時過ぎ。
穂高連峰に朝日が当たるのはそれから15分ほど過ぎたあたり。
昨日の夕刻、あれだけガスって見えていなかった穂高連峰の稜線。朝はくっきり、はっきりと見えています。特別な、とても静かで清らかな涸沢カール。

前穂から北穂にかけての険しい稜線にその日、その時間の特別な光が差し込みます。それがゆっくりとゆっくりと山の中腹まで、獅子岩やザイテングラードにも差し込みます。

涸沢カールのモルゲンロート

まさしく、朝日に燃える涸沢カール…。
穂高連峰はこんなにも贅沢で特別な朝を私たち登山者に与えてくれました。
ほんの短い間、10分も無い貴重な情景。

「この刹那の景色に出会うためにここまで来たんだ…」

ここで、この時間、この瞬間に立ち会うこと。
すべてはそのため、
そのためだけ。

涸沢は美しい茜色で我々の期待に見事に応えてみせた。

さあ、今日はもうひと登り、あの天空の頂へ…。

 

(後編に続く)
⇒『煌めく刹那の光』盛夏の北穂高岳に抱かれて(後編)