『劔岳讃歌』初秋の北アルプス奥剱の秘境、池ノ平 (後編)

PHOTO TOUR

2022年9月 池の平~真砂沢~剱沢~剣御前山~室堂
いよいよ山肌が金色に輝く秋へと突入する北アルプス連峰。紅葉が始まった峰々に会いに、奥剱の秘境池ノ平へテント泊山行。立山エリアの絶景、美しい星空、圧巻の岩壁や氷河、そして北アルプスの別天地を訪ねる4日間。

後編は池ノ平から室堂への帰路、3日目から4日目まで。

(目次)

  • 小雨の秘境、朝の池ノ平
  • 真砂沢ロッジへ下る3日目
  • 雨上がりの快晴4日目
  • 山行記録まとめ
  • 最後に
  • 付録 (個人的備忘録)
前編はこちら ↓

『劔岳讃歌』初秋の北アルプス奥剱の秘境、池ノ平 (前編)

小雨の秘境、朝の池ノ平

早朝の平ノ池

昨晩は思いがけずに星まで見れて、ひょっとしたら朝は予報よりは良いかもしれない…。
しかしそんな淡い期待もむなしく、翌朝テントから顔出してみるとどんよりとした薄暗い雲が覆いかぶさり、小雨も降り続いていました。

写真を撮影するには決して良い条件ではありませんでしたが、そそくさとカッパを着て機材を抱えてテント場から15分ほど下ったところにある平ノ池へ朝の撮影に。

池ノ平の池塘群と剱岳。

この高層湿原は平ノ池のほかにも池塘が点在していて、高山植物も多く、目の前には圧倒的な威容を放つ剱岳が見事で、北アルプスの中でも代表的な美しいエリアです。

残念ながら天気が思わしくなくてこれと言ったものは撮影できませんでしたが、こればかりは自然のことなので仕方ありません。それに小雨の平ノ池もある意味狙って撮れるものではないので、今回はそんな風景が撮影できたので、これはこれで良いと思えました。

「こんな素敵なところで、朝ひとりで、こんなにきれいな空気を胸に吸い込める…。」

それだけで、もう充分じゃないか…。

雨の池ノ平。

小雨越しに仰いだ鋭鋒チンネの下に見える通称『モンローの唇』が、
「きっと、また来なさい…」
と言っているように思えてなりませんでした。

雨の平ノ池。(Bleach-Bypass)

雨中の撤収

3日目は池ノ平から真砂沢ロッジまで下りて、そこでテント泊ということで時間に余裕がある計画。これは滅多なことでは来れない池ノ平で過ごす時間を少しでも長くしようという苦肉の策。雨の中テントの撤収作業を行って、少しのんびりしてから小屋の方に挨拶してゆっくり目の8時半過ぎに池ノ平を出発。小屋の方が鳴らした鐘の音を背に、後ろ髪を引かれる思いでまずは仙人峠へ向けて歩き出しました。

しかし、この苦肉の策の計画が後に仇となります…。

真砂沢ロッジへ下る3日目

雨降り続く…

小雨降りしきる中、昨日苦しんだ仙人新道の急坂を二股に向けて下山。いつも思うのですが、急坂は登るのもたいへんですが、重荷を背負ってだと下るのも大変。とくにこの日は雨天の下の撤収作業になったためテントやら何やらがすべて水を含んで重くなっていました。

仙人新道から見上げる剱岳(PSによるPhotomerge合成)。

二股からはまた沢沿いに登って南股付近の例の嫌な鎖箇所をなんとかこなし、たいした距離でもないはずですが結構バテバテ状態で正午過ぎに真砂沢ロッジに到着。雨の山行は登山道がスリッピーで気を使いますし、なにより気持ち的にも重いので疲労もたまりやすいのでしょうか。

真砂沢ロッジでは昨日池ノ平小屋でお見かけしたソロの女性の方にバッタリ。今日はここに宿泊予定とのこと。

トラブル発生

しかしここで思わぬトラブルが発生!

気になる今後の天気のことと(池ノ平含めこのエリアは携帯の電波が届かない)、ここでのテント泊の旨を小屋のご主人に伺うと、なんと今日遅くから明日にかけての未明には大雨の予報とのことで、剱沢(一の沢付近)は下手をすると翌日は増水で通れなくなるかもしれないとのこと。

「えーっ?そんなに悪天なの?」

これには参りました。

真砂沢ロッジで停滞か?先に進むか?

小屋の方曰く、ここで今夜泊まると状況次第ではその後この真砂沢に停滞せざるを得なくなる可能性があるので、もしそれが出来ないのであれば雨足が強くならない今日のうちに剱沢を上がった方が良い、ということらしい。

「停滞か…。」

実はこういうことは山ではよくあることですが、実際にその状況が自分に降りかかると「マジか…」という焦りが湧いてくるものです。こういう時のために予備日ももちろん設けていましたし、かなり悩みましたが小屋の方のおっしゃる通りに頑張ってこのまま先に進むことにしました。

出来ることならこの剱岳の懐に抱かれた素晴らしいロケーションで幕を張りたかった…。
真砂沢ロッジの詳細は公式HPでご確認ください ↓
真砂沢ロッジ|剱岳の懐深くに抱かれた別天地

ただあまりに腹が減っていたのと、雨天の下で今から自炊すると言っても時間がかかってしまうので小屋の方に無理を言って昼食を用意していただきました。さらに小屋泊客のみ利用できる乾燥室用のテントの中で食べて良いということで、ご厚意に預かりました。池ノ平でも感じましたが改めて山小屋の存在の大きさ、大切さは山においては非常に心強く、安心して山を楽しめるものだなと感じました。

腹も満たされ、気合を入れなおして13時に真砂沢ロッジを出発。

それから1時間もしないうちにしとしと降りから本降りの雨に。ここから剱沢小屋まではまったく誰にも会わず、雨の中を黙々と1人で登るのは精神的にも体力的にもきつい…。それに重い荷のため時間もさらにかかると予想され、焦りながらの登りでした。

スラブ状の例のつるつるした大岩トラバースを鎖を頼りに通過する難所もなんとかこなすも、次第に疲労も溜まってきて剱沢小屋の手前からはかなりのスローペースに。雨足もどんどん強くなって風も出てきた15時半過ぎに疲労困憊でなんとか剱沢野営場に到着。

池ノ平から7時間、最後は大雨の中、遅い時間に着くのではと焦りと緊張で久しぶりにきつかった…。

豪雨の剱沢野営場

もはや何もかもびしょびしょ状態。
剱沢のテント場にてびしょびしょのザックからびしょびしょのテントを出して、びしょびしょになりながらの設営は久しぶりで、やはり何度やっても辛い(笑)…。コロナ禍じゃなかったら小屋泊に変更したいくらいですが、逆に言うと天候や登山道の状態、自分の体調などを考慮して自由に、柔軟に予定を変更できるのがテント泊の良いところとも言えます。

びしょびしょなのはテントの中も同じで、テントに潜ってからも荷物整理が大変(笑)。そうこうしているうちに17時くらいから横殴りの暴風雨に。剱沢を登っている間にこれを喰らっていたらさすがにヤバかったかもしれない…。水を汲みにも、トイレに行くにも躊躇するような大荒れでした。

テント内もびしょびしょ。(火器使用時には十分な換気をしています)

テント内での火器使用
テント内での火器使用は基本的には厳禁です。今回のような暴風雨下においてテント内でやむなく火器を使用するときは十分な換気をしております。換気を怠ると一酸化炭素中毒の危険があります。さらにテント自体も非常に燃えやすい化学繊維が使われてますので、火の燃え移りなど細心の注意が必要になります。基本的にはこのような状況でなければテント内では火器は使いません。

結果的には真砂沢ロッジの方のアドバイス通り、この日のうちに上がってきて正解でした。何よりこの剱沢野営場まで上がると携帯の電波(docomo)が繋がり、今後の天気予報をGPVやWindyなどで正確に情報を得ることが出来ます。真砂沢に停滞してしまうと大まかな情報を小屋から得ることは出来ますが、あとは想像するしかありませんので山においては精神的にも情報弱者と言っていいでしょう。

実際、GPVで確認すると翌朝の9時頃には雨雲も通過するような予測でしたので、この後の計画を立てやすくなりましたし、何より翌日豪雨の中を室堂まで行く必要がなくなったという安心感に満たされました。

横殴りの大雨は夜半前には落ち着き始めましたが、明け方前から再び強くなって来ました。

雨上がりの快晴4日目

ガス纏う剱岳

朝方には徐々に雨も小康状態となって、7時頃にはようやく晴れ間も見えてきました。そして待望の雨上がりの剱岳がガスの中から姿を現し、まるで昨夜の雨に磨かれたかのような素晴らしい山容を見せてくれました。

あれだけの嵐が過ぎ去った後の剱岳は本当に美しくて、美しくて…。
これだから山はやめられない。
ある種の麻薬的とも言える中毒性を持っています。

「なんて美しさだ…。」

『Rendez-Vous』(Nikon D5 + AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR)

この日の予定は室堂に戻るだけということで、撤収ものんびりと、雨後の目まぐるしく変わる山岳風景の撮影をこまめに挟みながら。

昨晩に確認したGPV予報では朝方まで雨でしたが晴れてくれたので撤収作業も捗りました。

『蒼と光』(Nikon D5 + AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR)

この辺りは池ノ平よりも標高があるからなのか紅葉の進みも早いようで、テント場から見上げるカール状の山の斜面はきれいに色づき始めていました。

目の前に広がるこの景色も剱岳と同様に風雨に磨かれたようにきらきらと輝いて、一層美しく見えます。この雨上がりの風景こそ、実は気象の激しい北アルプス特有のもっともきれいな瞬間なのではないでしょうか。

紅葉が始まった別山乗越

剱御前山へ

すっかり晴れ渡った青空の下、のんびりと9時半に室堂に向けて気持ち良く剱沢野営場を出発。別山乗越まで上がって、そこから先は天気も回復したので本山行で唯一のピークらしいピークである剱御前山(2,792m)へ。

山頂に着く頃には昨日と打って変わってまさに山日和の好天になって、山頂からの素晴らしい景色を見ることが出来ました。

前剱と剱岳

紅葉の始まった室堂平、

どこまでも続くかのごとき見事な雲海、

その雲海に浮かぶ奥大日岳、

そして圧巻の剱岳…。

雲上の奥大日岳が秀麗。

最後の最後に山たちが素晴らしい風景で見送ってくれているかのようでした。

終わりよければすべて良し、とはよく言ったもの…。
あんな嵐から一転、これほど美しい風景に出会えるのも山の大きな魅力なのかもしれません。

剣御前山からの剱岳全容。

その後は週末ということで雷鳥坂を登ってこられる方が多いと予想されたので、新室堂乗越経由で下山しました。こちらの方がコースタイムは掛かりますが傾斜は緩やかなので下山向きで、雰囲気も良いように思います。

ミヤマリンドウ咲き誇る。

テント泊客で賑わう雷鳥沢野営場を過ぎてからは、ガスで真っ白な遊歩道を観光客に混じって室堂ターミナルに戻り、無事に本山行を終えました。

雨天山行後の重荷

何となくこの最後の4日目がとても足が重いと感じました。
もちろん3日分の疲れがたまってきているのは当然でしたが、なんだか荷が異常に重い…。そこでそのザックの荷をいっさい解かず、帰宅後に自宅にて計測したところなんと重量25.8kg

この重量は個人的に比較的動きやすい限界点と思っている23kg前後をゆうに超えている。本来なら下山後はザックに入っていた5日分(予備日分を含む)の食料が減って、軽くなっているはずですが逆に重くなっている。これは終始雨ざらしになった3日目のせいで、荷物と言う荷物がすべて雨で濡れて水分を含んで重くなってしまったため。ザック本体はもちろん、数枚のタオル、着替え、ゴミ袋、雨具、テント本体やフライシートなどもろもろ。

今後はどんな大雨でも荷を最低限濡らさない工夫を考えないといけないですね。

山行記録まとめ

今回は待望の池ノ平ということでとても楽しみでしたが、実際に歩いてみると私にはなかなかに手強いルートと感じました。剱沢雪渓上を登降出来る時期であればまた印象が変わるかと思いますが、この時期はコースタイムを余分に考えておいた方がベターと感じました。

本山行のログ(YAMAPより転載)。

山行ログを見ていただければお分かりかと思いますが距離的には往復で24㎞弱とさほどではありませんが、登って下りての標高差も激しく、登山道もそこかしこに難所があると感じました。岩稜ルートを好む方や、それこそ真砂沢ロッジに集うようなクライマーの方々には何てこと無いかもしれませんが。

室堂ターミナルから池ノ平までは立山黒部アルペンルートの時刻の関係からトレランでもない限り2日は掛かりますから、行きも帰りも剱沢か真砂沢で必ず1泊を挟むような計画になるはずです。そして今回のような大きな雪渓コース、谷筋を登降するコースでは天候によっては停滞を余儀なくされる場合も考えられるので、やはり予備日は計画のなかに入れておくべきと感じました。特に美しい紅葉の時期は同時に台風や温帯低気圧のオンパレードの時期でもありますから天気予報にはシビアになった方が良いでしょう。

室堂ピントンではなく欅平まで縦走するコースもとても魅力的で、このルートはいつか歩いてみたいですね。

最後に

今回は雨、また雨、そして雨…の山行となりました。
そんな中でも星の撮影が出来たり、雨後の美しい風景に出会えたり、貴重な時間を過ごせましたが振り返ってみると天候に振り回された山行でした。さらに悪天なりに雷鳥には会えるかと期待しましたが、それも無し…。

しかし山は自然相手のものなので、こればかりは仕方がありません。ただ今回はとくに山小屋の方々に大変お世話になりました。天候のことはもちろん、登山道の状況や的確なアドバイスはポッとこのエリアに来たような登山者にはわからないことも多いのでとても大きな助けになります。

天気の思わしくなかった池ノ平にはきっとまたの機会に来なさいと言われているようで、今回の山行を心に留めて、また必ず訪れたいと思っています。

今回お世話になった小屋の方々、そしてお会いした登山者の皆さまにこの場を借りて感謝申し上げ、ペンを置くことといたします。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

『雲を編む山』(FUJIFILM GFX 50sⅱ+ GF 35-70mm F4.5-5.6 WR)

付録 (個人的備忘録)

ここからは完全な個人的な備忘録です。

信頼のLOWA TAHOE PRO Ⅱ

本山行、4日間ほぼ雨が降らない日はありませんでしたが、使用した登山靴『 LOWAタホープロⅡ』は最高のパフォーマンスを見せてくれました。沢筋の登降含め、あれだけの雨中の行動でしたが中まで浸水することはありませんでした。特に3日目は雨の中7時間、途中では剱沢雪渓コースで幾度と無く沢水にさらされましたが大丈夫でした。

やはり縫い目の少ない一枚革のヌバックレザーゴアテックスで形成されたシンプルな作りの登山靴は悪条件でこそその能力を発揮してくれると感じました。

実に信頼できる登山靴です。

LOWA タホー プロ Ⅱ GT

雨具の買い換え必須

それに引き換え、使用した雨具は登山を本格的に始めたときに購入したモンベルの古いモデルの『ストームクルーザージャケット』。もちろん購入後の数年間は雨から濡れを防ぎ、激しい登りでも汗で蒸れることもなく、中のレイヤリングはさらさらに乾いていて、使いはじめは感動したものでした。

しかし今回はパンツは良かったですが、ウェアは雨なのか汗なのか中のレイヤリングはびしょびしょ。雨具自体の機能性は信頼のおけるものなので、単純に経年劣化と考えられます。

行動時は体自体が発熱しているので寒さは感じませんでしたが、休憩しているときはやはり寒さを感じました。これはひどくなると典型的な低体温症に繋がってしまいとても危険。ゴアテックスはそもそも消耗素材なので、雨具はウェアだけでも買い換えが必要と感じました。

機材と登山用具の軽量化

これは常々考えていたことで、今回は特にその思いが強くなりました。私自身もう若くはないですし、荷物が重いことは山行計画の柔軟性にも欠けます。特に撮影機材は理想だけを追い求めたためどんどん重くなってきていました。

ザックの軽量化が急務。

この辺で重い荷物を担ぐのは止めて、今後は軽量化を進めていきたいと思います。

ちなみに超個人的な事ですが、その軽量化に伴い本山行を最後にメインで頑張って来てくれた愛機ニコンD5を山の撮影からは勇退させることにしました。

Nikon D5 Mission Completed ! (平ノ池にて)

この軽量化については別で記事にしたいと思います。

山行の記念品

私は今まで山小屋等で販売している山バッチやTシャツ、手拭いなどのグッズ類を買った事がありませんでした。(山小屋の皆様、すみません…)
山の思い出は自ら撮影した写真で十分だったし、何より山行中に出会った景色出会った方々との思い出が最高の“記念品”だったから。

しかし今回からはもっと積極的に山小屋で販売するグッズも購入していこうかと。特に今回訪れたような滅多なことでは行けない山小屋では。

山小屋は山歩きにおいてはとても大切な存在で、前述しましたが山小屋があるから安心して山を楽しめるという側面があります。しかし山小屋の経営には莫大な費用が掛かります。山小屋経営は慈善事業ではありませんので、少しでもその山小屋にお金を落としたいと思うようになりました。(それならテント泊ではなく小屋に泊まれと言われそうですが…)

『池ノ平小屋の池ちゃん』手拭い。

そこで今回は池ノ平のラブリーなキャラクター“池ちゃん”がプリントされた手拭い(800円)を購入しました。このグッズは池ノ平小屋に宿泊した方のみ(テント泊でも可)が購入できる限定グッズです。これを次の山に持っていくのも楽しみです。

池ノ平小屋について詳しくは公式HPにてご確認ください ↓
奥剱 池ノ平小屋