夏の残り香、深き魅力を秘めた奥秩父山塊の雄『大菩薩嶺』を歩く

PHOTO TOUR

2023年9月 上日川峠~福ちゃん荘~雷岩~介山荘~石丸峠~上日川峠

残暑厳しい2023年9月、その夏の残り香を撮影すべく奥秩父山塊の雄、大菩薩嶺をゆく。ガス煙る森、清涼たる美しいクマザサの稜線、緑豊かな苔森、そして牧歌的な峠。絶景の稜線歩きだけではない大菩薩嶺の魅力にシャッターを押す指が止まらない…。

(目次)

  • 困ったときの大菩薩
  • コースと撮影主旨
  •  序盤、上日川峠から福ちゃん荘へ
  • 福ちゃん荘から大菩薩稜線へ
  • 賽の河原から大菩薩峠へ
  • 出会いの峠『石丸峠』
  • 小屋平を経て下山
  • 個人的備忘録(トレッキングポール買い替え)



困った時の大菩薩

『困った時の大菩薩』
これは長年、
この山を歩き、
この山を愛でてきた私のひとつの山選びの結論である。

この山を何度歩いたことだろう。
私が山を歩くようになって最も頻繁に歩きに行った山は間違いなくこの大菩薩嶺であろう。関東在住の山好きならば一度は歩いたことがあるであろうこの山は、気軽に、手軽に、そして四季折々、多種多様な山の魅力を堪能できる、実に貴重な山ではないだろうか。もちろん深田久弥氏の名著『日本百名山』にも『大菩薩岳』として名を連ねている。

そしてご存じの方も多いかと思いますが、かの中里介山による未完の長編時代小説『大菩薩峠』でも有名な山でもある。

私が初めてこの山に登って魅了されたのはその美しいクマザサのたおやかな稜線美と、そこから眺められる富士山と南アルプスの絶景であった。奥秩父山塊の山々は俗に言う “渋い” 雰囲気が多く、アルプスのような派手さはなく、どこか牧歌的で、とくに笠取山から雁峠雁坂峠あたりは実に静かで牧歌的な魅力に溢れるいわゆる “通好みの山々” と言えるであろう。

奥秩父主脈縦走は個人的にある種の積年の想いみたいなものはあるのだが、いまだに完歩できていない領域である。

秋の笠取山(2013年10月撮影)

その奥秩父山塊のなかでもこの大菩薩嶺はミニアルプスと言えるような雰囲気があって、とくに山を始めたばかりの頃はそのわかりやすい魅力に引き込まれるのである。

春も夏も、秋も、そして厳冬期の山を始める際の練習においてもこの山を歩いた。

「どこか山に行こう、」

そう決めたとき、候補になる山の天気予報と睨めっこになるのは山ヤの日常であるが、そのどれもがあまり良い予報でないときに白羽の矢が当たるのが私にとって大菩薩なのである。サクッと日帰りでも楽しめるし、私が初めて買ったテントで試し張りと称して初テント泊したのも実はこの大菩薩であったし、私は利用したことが無いが数か所で山小屋泊も楽しむことが出来る。

登山ルートも登る人の体力に合わせてショートコースもロングコースも設定が可能で、老若男女、山の経験年数に関係なく誰でも山の魅力にどっぷり浸れる大きな魅力に溢れているのである。

コースと撮影主旨

今回の登山コース

ここのところ何かと忙しかったのですが、ぽっと一日だけ山に登れる日が取れたので、体力維持も併せてその「困ったときの大菩薩」となった。今回は目的として前回登山の木曽御嶽山から引き続き、トレーニングを兼ねて体を山仕様に染めることと、純粋に山をスナップしながら歩いてみたいとの思いがあった。

減退していた写欲が段々と高まりつつあり、再びカメラを構えるのが純粋に楽しいと思えるようになった。肩肘を張らず、きれいだなと感じたら足を止めて、しばし撮影を楽しんで、また歩く。そんな山歩きがしたいと思ったのだ。だから心持的に北アルプスのような “絶景” である必要はなかったのだ。

晩夏の霊峰『木曽御嶽山』~追憶と9年の慰霊を胸に~

今回は上日川峠を起点として唐松尾根を登って雷岩から大菩薩峠、そして石丸峠へと南下を経て小金沢山牛奥ノ雁ヶ腹摺山へと歩き繋ぎ上日川峠に戻るという、大菩薩嶺登山としては比較的長いコースを前提とした。これはもちろんトレーニングを兼ねていることもあるのだが、久しぶりに牛奥に行ってみたくなったからでもある。

もちろんこのエリアの良いところは途中エスケープルートがいくつかあって時間の都合や体調、天候等を考慮して適宜ルートを変更できるところなので、そのあたりの判断はそれぞれの分岐で判断するという計画とした。このあたりもこの山が初心者にたいへんおすすめなところである。

今回の撮影主旨

私は何年か前、ちょうどFUJIFILMからGFX50SⅡが発表されてしばらくしたのち、撮影メイン機材をそれまでのニコンからそのGFX50SⅡに変更した。

長らくメインとして使ってきた『Nikon D5』は個人的に今現在も最高のデジタル一眼レフのひとつであると思っているが、残念ながら私はもう歳である。下界の撮影ならまだしも、山に担ぐにはもう私には重すぎた。その後に軽量化を求めてニコンのミラーレス『Z6』と『Z6Ⅱ』も使ってみたが、どうも私には合わなかった。同じニコンでも規格の変更によってマウントを変更することになるので、折角ならこのタイミングで他社のカメラも試したいと思っていた。

『GFX』と『Z』。その後『GFX』に一本化

そこで選択したのがフルサイズよりさらに大きなフォーマットを積んだGFXシリーズである。そのときから今までこのGFXを使ってきてはいたが、FUJIFILMのカメラの特徴のひとつであり今や代名詞となっている『フィルムシミュレーション』を積極的に使うことはなかった。それは私がネイチャーを撮影しているからであるが、今回は折角のFUJIFILMのカメラなのだから、この機能を積極的に山で使ってみたらどうだろうかと思ったのである。

さらに今回はこのカメラのもう一つの特色である『多彩なアスペクト比での撮影』も試してみたかった。ということでいつもは『RAW』のみで撮影しているが、今回は撮影時のファインダー上でもその変幻自在のアスペクト比を見ながら撮影出来ることや、また撮影後の編集作業が比較的楽な『JPEG』で撮影することにした。つまり本記事の写真はすべてJPEGで撮影したもので、多少の輝度の調整は行っているが基本すべて撮って出しということになる。

写真には参考になるように撮影ごとに設定した『フィルムシミュレーション』と『アスペクト比』を掲載してあるので、そちらもご覧いただければ幸いである。
ちなみに今回は粒状感を強めに設定して、より高感度のフィルムライクな仕上がりを目指している。

序盤、上日川峠から福ちゃん荘へ

様々な撮影でこの山を歩いてきたが、今回は “肩肘を張らない” というのが主旨なので、朝はすこしゆったり目、日の出時刻を過ぎてからの登山と決めていた。前回の大菩薩では雷岩から富士山と星空を撮影しようということで真っ暗闇のなかを歩いた単独ナイトハイクとなったが、今回はそんな肩肘は張る必要が無い。

秋色に染まる雲上の大菩薩稜線

何故かわからないし何の根拠もなかったが、現在の私はそんなに肩肘を張らなくても、気のむくままに撮影したほうが良いものが撮れそうに感じた。

明るくなり始めた6時前に上日川峠を出発した。
今回も日帰りなのにトレーニングと称してテント一式と “重り” として三脚もザックの脇に括りつけて自分を痛めつけてやった。今回はあくまでスナップ撮影と決めていたが、結局この後に予定している北アルプステント泊では三脚をどうせ担ぐことになるので、そのトレーニング目的である。

天気は雲が多いだろうことは前日のGPVで分かっていた。
他の山の候補が昼過ぎに雨予報だったので、まだマシな大菩薩にしたわけだ。案の定、福ちゃん荘に向かう樹林帯は早々にガスに包まれた。このような撮影環境になると予測していたとまでは言わないが、まさにスナップしながら登るには最高の条件となった。

『ACROS (65:24)』

歩きながら、登りながら、見る景色、出会った景色、目まぐるしく変わる森の表情、そのすべてが実に美しかった。クマザサが、木々が、森が、どんどんと表情を変える。それに合わせながら黙々と撮影に没頭しているとついつい時間を完全に忘れてしまう。

生き生きとした木立も、
横たわる朽ち木も、
どちらも生と死の美しさを感じた。

いや、朽ち木と言ってもこの偉大なる自然のなかでは生きていると感じられるのだ。大きな生命力を感じられるのだ。実に不思議なものである。

『ACROS (65:24)』

あくまで登山なのだが、またいつもの悪いクセが出てしまう。
立ち位置を変え、カメラを構える角度を変えるたびにまた違った像がファインダーに映し出されるのだ。こうなったらもはや登山どころではない。

「牛奥は無理だな…」

早々に今回の登山ペースを悟ったのである。

福ちゃん荘から大菩薩稜線へ

コースタイム30分のところを1時間かけて福ちゃん荘に到着。
これでも先のことを考えて撮影を早々に切り上げた箇所もかなり多いくらいである。

『Classic Neg. (4:3)』

福ちゃん荘のテント場にはテントもたくさん見られ、昨夜は多くのテント泊客で賑わったことが窺えた。まだまだ早朝の時間帯でもあったかもしれないが、いつもの休日の大菩薩に比べて登山客は少なめのように感じた。

あまり思わしくない天気予報だったからだろうか、週末とは言え人気の日本百名山としては心地よい静けさを感じた。

『Classic Neg. (65:24)』

『ACROS (65:24)』

ここでは休憩は挟まず、山小屋周辺を撮影しながらそのまま唐松尾根を進みながら徐々に高度を上げていった。ガスの纏わりつく登山道は湿度感に包まれ、緑は露に濡れ青々としていた。蜘蛛の巣も露を受け、存在感がありありとして、もはや忍びのものではなくなっていた。

『ACROS (65:24)』

雷岩直下に近づいてくると見えるはずの富士山の姿は残念ながらそこには無かった。分厚い雲がかかって、人口湖である手前の大菩薩湖だけが雲間からわずかに覗いていた。富士山の見えない大菩薩なんて、まるでクリープを入れない何某とはよく言ったものであるが、私はすでにここに到達するまでに大菩薩の魅力は富士の大展望だけではないと悟っていた。

『ASTIA (4:3)』

そう、上日川峠からこの区間までですでに大菩薩の魅力にどっぷりと浸れたのである。この時の私にとって、富士山の展望などどうでも良かった。

『ACROS (65:24)』

雷岩から稜線にかけては下界の暑さが嘘のように、清涼感に包まれ、汗ばんだ体には少しばかり寒いとさえ感じるものがあった。ガスにまかれた大菩薩の稜線も悪くはない。白い虚無の世界と嘆く必要はなかった。

この山風景も快晴の山風景も、どちらも同じくらいに貴重な山風景なのである。今日、この日にこの山、この時間にこの稜線を歩けることは奇跡に近いのである。

これが山である。

『ASTIA (65:24)』



賽の河原から大菩薩峠へ

ガスに包まれた白い稜線を下りながら、時間という感覚を流れる風に置き去りにしながら黙々と撮影を楽しむ。こういうときはソロで歩くに限る。“自然と対話する”というと聞こえは良いが、本当にそのような感覚に研ぎ澄まされていくのを感じる。これがソロの醍醐味である。

そんな中、突如として霧の中からにわかに人工物が目に飛び込んでくる。
賽の河原にある避難小屋である。

『ACROS (65:24)』

ちょうどこの辺りを歩いてくると次第に雲間から日が差し込むことも多くなってきた。それまで見えていなかったたおやかな大菩薩の稜線がガスの切れ目から時折姿を現す。

これが実に美しい瞬間である。

『ASTIA (65:24)』

この美しさは快晴の日には決して味わうことが出来ないもので、この日の登山をまた特別のものにしてくれた。親不知ノ頭から眺めるガス纏う大菩薩の稜線は実に美しい光を放っていた。

『ETERNA Bleach Bypass (65:24)』

さらに南方面の眼下には、こちらも美しい稜線の先の大菩薩峠の眺望があった。快晴の日では決して味わうことが出来ないこの美しさは間違いなく大菩薩の真骨頂と言えるものを感じた。霧によって大気や木々、クマザサ、そして介山荘の人工物でさえも磨き上げられているように感じられた。

『ETERNA Bleach Bypass (65:24)』

いつもであれば大菩薩峠は登山者の集いの場、休憩の場で賑やかであるが、この日はまだ朝早いこともあるかもしれないが、意外と閑散としていた。しばし介山荘の東屋で休憩させていただいたのち、さらなる静けさを求めて石丸峠へ向けて南下を始めた。

『ACROS (65:24)』

大菩薩峠を越えると登山者は激減する。

まるでそれに呼応するように実に美しい苔森の世界へ迷い込むのである。この独特の湿度感と鼻腔を刺激する苔や土の匂いがたまらいトリップ感を掻き立ててくれる。

『ASTIA (4:3)』

『ACROS (65:24)』

ファインダーを通して自然を観察しながら、再び足止めを喰らうのである。シャッターを押し込む指が止まらない…。

『ASTIA (65:24)』

出合いの峠『石丸峠』

さて、長大なる大菩薩連嶺において個人的に外せないトレイルは通称『狼平』とも言われる『石丸峠』付近の牧歌的な原風景である。

『ETERNA Bleech Bypass (65:24)』

眺望の無い熊沢山を越え、防火帯のような急斜面まで来ると目の前に広がる長大に連なる大菩薩連嶺南部のたおやかな稜線美を楽しむことが出来る。正面に大きく見えるのは小金沢山で、眼下には出合いの石丸峠が見える。

この長閑でクマザサ生い茂る稜線美は大菩薩の真骨頂である。目を凝らすとあちらこちらに登山道ではない獣道も目にすることが出来る。この辺りはシカをはじめとする多くの動物たちの生息地である。私はこの周辺の雰囲気が大変好みで、どのようなコースで歩こうが、必ずここのポイントを通過するように計画を立てる。確かにアルプスのような派手さはないが、日本の山の良き雰囲気が今もなお息づいていると感じられる貴重な場所である。

『ASTIA (4:3)』

いつも適当な岩に腰を下ろして、
ここでしばし時を忘れ、
空を見て、
雲を見て、
小金沢山を仰ぎ見て、
風の音を聞き、
この澄んだおいしい空気を肺に流し込むのである。

小屋平を経て下山

石丸峠にて当初の予定通りこのまま小金沢山~牛奥ノ雁ヶ腹摺山まで歩こうかと思案してみたが、今回はここまで思いのほか撮影を楽しむことが出来たのと、同時に予定時間が大きく押していること、さらに午後から天気が思わしくない予報だったこともあって、今回はこのまま下山することにした。

『ACROS (65:24)』

下山といっても急こう配な箇所もない。
美しい連嶺の稜線を左に見て、
時にカラマツの樹林帯を楽しみながら、
時に苔の密集地帯を楽しみながら、
時に野鳥の囀りを聞きながら、
時に沢の瑞々しい雰囲気を楽しみながら、
のんびりと軽快に下山できるのもこの山の魅力であろう。

『ASTIA (65:24)』

お昼には無事に上日川峠まで戻って来られた。

上日川峠には車はもちろん、マイクロバスなんかも止まっていて、さすが人気の山と実感した。本当に多くの登山者を受け入れ、愛されている山である。

本山行のログ(YAMAPより転載)

大菩薩はいつも私を様々な表情で迎えてくれる。
どんな天気でも、
いかなる季節も、
ソロでもパーティでも、
そしてテント泊でも日帰りでも、
多彩な登山道を自分の好みで歩ける素晴らしい山ではないだろうか。今回はまた今までとは違うこの山の魅力にどっぷりと浸れた。いやはや、特に目立った危険箇所もなく誰でも気軽に登れる山でもあるのに実に奥の深い山である。

 

今回の記事は以上になります。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

個人的備忘録(トレッキングポール買い替え)

最近は登山用品も固まってきて、消耗品以外は新たに購入することも少なくなったが、今回はトレッキングポールを新調してこの大菩薩嶺を歩いた。

以前の山行時に先端部分が取れてしまった(その後、強力な接着剤で取り付けていた)。

というのも前回の木曽御嶽登山において長年使ってきたブラックダイヤモンドのトレッキングポール『トレイル』が壊れてしまった。片方のポールの根元ごとごっそりと抜け落ちてしまったのであるが、実はこの故障は2度目である。(↑ちなみに2022年11月燕岳山行時にも見舞われた故障)
一度メーカーにて修理して使ってきたが、また今回同じような事象に見舞われてしまった。もう一度修理しても良かったが、経年によって様々なところが劣化していたこともあって、土壇場のところで使い物にならなくなっても困るので、今回新しく新調したのである。

再び気に入って使ってきたブラックダイヤモンドのものでも良かったが、今回は日本のメーカーのものを選択した。それが『シナノ』というメーカーのものである。
トレッキングポールに関しては私はあまりギミックのあるものは避けたいと思っている。こういったものはシンプルな構造のものの方が壊れにくいと思っている。(ブラックダイヤモンドのものは何回かトラブルに見舞われたが)

例えばポールの内部に地面からの衝撃を和らげる機構が付いたものであるとか、折りたためて小さく収納できるものなどもあるが、私は極めてシンプルなものが好みということで、シナノ『ロングトレイル125』というモデルを購入してみた。ラチェット式の伸縮機構のものであるが、その多くが締め具合を工具を使って調整するものであるが、このモデルはレバー部分を回すことで工具無しで調整が可能となっている。さらに軽量仕様で、シャフトには航空機の外装にも使われる超々ジュラルミンとも呼ばれるアルミ合金が使われているので、軽量且つ剛性も保たれている。
※詳しい製品情報はシナノ公式HP参照
ロングトレイル125【2023NEW】|シナノ

実際に使ってみるとブラックダイヤモンドの『トレイル』に比べて剛性の部分ではやや負けるが軽量で取り回しが良いことはすぐに分かった。耐久性に関してはまだまだ未知数であるが、日本のメーカーの応援も含めて今後も使っていきたい。