天体写真への誘い④(レンズ編)

COLUMN

この項ではカメラと同じくらい大切な撮影機材である光学系について取り上げます。私は天体写真において最も重要な機材は光学系だと思っています。
カメラに関しては前項でも触れましたが運用法や考え方によっては最初のうちはどんなデジタルカメラでも良いと思っているくらいですが、光学系に関してはとても重要視しています。

(目次)

  • 光学系の重要性
  • 天体望遠鏡のほうが有利
  • カメラレンズの優位性
  • 天体望遠鏡とカメラレンズ
  • 標準~中望遠カメラレンズのススメ




光学系の重要性

カメラレンズや天体望遠鏡などの光学系は天体写真の最終的な仕上がりに直結します。その度合いはカメラ(撮像素子)よりもはるかに高いと私は思っています。

明るさ(口径)はもちろん、とくに諸収差や周辺減光などの “均一性” は天体写真において最重要な要素です。無限遠の点光源である星を画面の隅々まで収差無くシャープに写せるかどうか、すべてこれにかかっています。

画面の四隅に行くほど星がボテッとしていたり、色収差起因による色ズレというのは天体写真の最終的な仕上がりを大きく損ないます。なぜならボテッとした星や、色ズレした星というのは存在しないからです。

天体望遠鏡のほうが有利

さて、いきなり結論になってしまいますが、天体写真を撮影するなら天体望遠鏡のほうが有利であることは間違いありません。撮影用途(フォトビジュアル鏡など)として設計された天体望遠鏡のほうが当たり前ですが “無限遠の点光源” の撮影に特化しています。

しかし一般的なカメラレンズというのは “無限遠の点光源” ばかり撮影するわけではありません。遠景・近景さまざまな距離にフォーカスして、どの距離においても満遍なく撮影出来なければなりません。

なのでどうしても無限遠特化型である天体望遠鏡のほうが設計上有利になります。運用面でもピントの追い込みなんかはカメラレンズではやはり限界があります。

カメラレンズの優位性

天体望遠鏡のほうが有利と述べたばかりですが、実は考えようによってはカメラレンズの優位性もあります。

焦点距離が豊富

天体望遠鏡は言わずもがな “望遠鏡” であり、その多くは焦点距離の長いものがほとんどです。短くても300㎜くらいからのものがほとんどで、300㎜を切る望遠鏡というのはとても少ないです。(“望遠鏡”なので当たり前ですが)

対してカメラレンズというのはそれこそ20㎜を切る超広角から600㎜や800㎜くらいの望遠のものまで存在します。24㎜あたりの広角での星野写真や200㎜以内の中望遠での星野写真ですともう “カメラレンズ” しか選択肢はありません。

ただやはり天体望遠鏡クラスの焦点域が見えてくると先にも述べた通り望遠鏡のほうが全般的に写りは良いと思います。

レンズが明るい

これも望遠域のものがほとんどである天体望遠鏡には設計上無理な部分でもあるのですが、カメラレンズはとても明るいものが多いです。単焦点レンズならば中望遠域でもf/1.4~f/2というものも存在しますが、天体望遠鏡で最も明るいものでもf/2.8くらいでしょう。

ほとんどの天体望遠鏡はf5とかf5.6あたり、f/4くらいなら相当明るい部類の高価なものです。天体はとても暗いものを撮影するわけですから、このカメラレンズの天体望遠鏡よりはるかに “明るい” という部分はかなり有利な部分です。明るければ短時間でハイスピードに光の情報をセンサーに送り込むことができます。

明るくシャープなカメラレンズ『Milvus 2/135』

例えば昨今の解像力の高いカメラ(4/3センサー)やレンズ(135㎜f/2)を使用すれば、300㎜の望遠鏡にフルサイズをつけて撮影すると同等の結果が得られるようなデジタル時代です。

天体以外でも使える

当たり前ですがこれもカメラレンズの優位性の一つです。
天体望遠鏡は天体を観望したり撮影するためだけに特化しているので、基本的には一般的な撮影には向きません。AFなんてものはありませんし、ズーム機構ももちろんありません。“絞り”という概念もありません。

これは何を意味するかというと、一般的な風景などを撮影している方はもうすでに多かれ少なかれカメラレンズを “すでに持っている” ということです。とくにスポーツや野鳥などを撮影している方であればほとんどの方が中望遠~望遠レンズはすでに持っています。
『天体望遠鏡は持っていなくとも望遠レンズは持っている』という方は多いのではないのでしょうか。この連載の趣旨がまさにそのような方々をターゲットとしています。

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このようにカメラレンズには天体望遠鏡には無いカメラレンズ特有の “優位性” もあります。もちろん初めから天体望遠鏡を買って観望したり撮影するもの良いですが、まずは手持ちの望遠レンズを活かしてみるのが私は良いと思います。

昨今では光学技術の進歩により純正・サードパーティの垣根無く中望遠域、とくに85~135㎜くらいの焦点距離にはとても性能の良い単焦点レンズも多いです。そもそもその焦点距離の望遠鏡は無いですし、さらに望遠域に…となってから初めて天体望遠鏡を検討してみるのがおすすめです。
決して『天体望遠鏡を使わないと天体写真が撮れない』というわけではありません。



天体望遠鏡とカメラレンズ

光学系の性能の差にもっとも影響するのはどのようなレンズ(硝材)を使っているか、ということになると思います。天体望遠鏡のほうがカメラレンズよりも有利であるのは、レンズの枚数が極端に少ないためです。

先述しましたが天体望遠鏡は “無限遠の点光源” さえ撮影できれば良いのでカメラレンズと比べて構成されるレンズ枚数は少なくて良いですし、設計もカメラレンズほどの複雑なものは必要ありません。それに対しカメラレンズは様々な撮影距離で焦点を合わせないといけませんから、その分レンズの枚数も多くなり構成も複雑になります。

良いレンズかどうかは構成されるレンズ自体の素材やコーティング、そしてなによりどのような配置でどのようなレンズを用いるかというのがとても大きな要素になります。

反射鏡筒と屈折鏡筒

天体望遠鏡には反射式の望遠鏡と屈折式の望遠鏡が存在します。

反射鏡筒(ニュートン式など)は筒状の個体に大小ふたつの鏡が配置され、光を2回反射させて最終的にその光を補正レンズなどを通して結像させます。
原理的に色収差がとても少ないのが特徴ですが、その分周辺減光が大きく、鏡をしっかりと調整する(光軸調整)必要があります。

屈折鏡筒は鏡ではなくカメラレンズのように複数枚のレンズを適切に配置し、それによって光を結像させます。反射鏡筒に比べて設計上色収差を補正するのが難しく反射鏡筒よりも暗いものも多いですが、基本的にメンテナンスフリーで運用できます。
カメラレンズは言ってみれば屈折鏡筒と言えます。

タカハシの反射鏡筒『ε130D』

ビクセンの屈折鏡筒『FL55SS』

アクロマートとアポクロマート

構成上カメラレンズと比べてはるかに単純なレンズ構成で済む屈折式天体望遠鏡の性能の差はレンズ自体の “素材” によるところが大きいと言えます。
つまりレンズに使われている “硝材が何か” ということ。

RGBの光の波長を分散させずに結束できる硝材は『低分散ガラス』と言われ価格も高くなります。
その低分散ガラスは “EDレンズ”“SDレンズ” などと言われます。このあたりは一般的な撮影をされている方も詳しいでしょう。それら特殊な硝材が使われている光学系は『アポクロマート』といって色収差が少ない画像を吐き出してくれます。

中にはこの『低分散ガラス』よりもさらに分散の少ない『特殊低分散ガラス(蛍石)』が使われるものもあり “フローライト(FL)” と言われさらに高額なものになります。

こういった低分散ガラスが使われていない鏡筒は『アクロマート』と言われ価格が安くて良いのですが一般的には観望用として使われることが多く、撮影用としては『アポクロマート』が好んで使われるようです。

標準~中望遠カメラレンズのススメ

私がこれから天体写真も撮ってみたいという方におすすめしたいのは中望遠レンズで撮影を始めてみるということです。一般的な風景を撮影している方なら標準ズーム、もしくは中望遠の単焦点レンズはきっとお持ちでしょう。

24㎜の広角の星野写真というのも個人的には好みで良いのですが、それだと写野角的に星景写真とそれほど差別化できません。なので星景写真を撮影されている方ならなおさら中望遠というのはおすすめできます。

構図を楽しめる

いままで広角の星景写真では米粒のように写っていた星雲・星団や銀河が中望遠域になってくるとそこそこ大きく写ります。さらに中望遠域の写野ですと星雲・星団が2つ、ないしは3つと画面に収まります。これが中望遠域で撮影できる大きなメリットで、自分なりの『構図』を考える楽しみも出てきます。

天体写真の世界は一般的な風景やスナップ撮影とは違いあまり『構図』というのはそれほど大きな要素ではありません。基本的には星雲や星団、銀河、惑星などを画面の中央にもってくるいわゆる『日の丸構図』が一般的です。

天体写真における日の丸構図
天体望遠鏡などの光学系もカメラレンズと同様に写野の中心部ほど良い写りをします。天体写真において日の丸構図が多いのはこの特性を最大限に活かしているためとも言えます。

標準から中望遠域のレンズですと撮影者のアイデアひとつで今までなかったような構図の作品を残すことができます。風景やスナップなどで培ってきた『構図力』を活かせるのです。

ファインディングチャートとして

先述の通り50mm~100㎜くらいの画角だと複数の星雲・星団、銀河などが写ってきます。
のちのち本格的な望遠鏡で撮影するときにこの標準~中望遠レンズで撮影した画像はとても役立ちます。

天の川中心部ファインディングチャート例

どのあたりにどんな星雲があるのか、いわゆる『ファインディングチャート』として活躍してくれます。もちろんこのご時世、ネットを検索すれば他の方が撮影した画像をファインディングチャートとして活用できますが、やはり自分で以前に撮影したものを焦点距離を変えて改めて撮ってみるのはとても楽しいものです。

そうやっていくうちに星雲・星団の位置関係や大きさ、高度、方角、撮影に適する季節などの知識も蓄積されていくと思います。

どのようなレンズが良いか

先述した通り、天体写真を撮影するにあたっては収差の少ないレンズが良いのですが、もちろん初めはキットレンズとして付属してきた標準ズームレンズや安価な単焦点レンズで良いと思います。初めのうちはやはりとにかく『撮ってみる』ということが大切で、そうやっていくうちに撮影された画像を見る目も肥えてきて、だんだんとより良い光学系を求めることになると思います。

安価なレンズというのはあからさまに倍率色収差が酷かったり、フリンジが盛大に出たり、鳥が羽ばたくような非点収差が出たりします。そういう写りを肌身で実感してより『天体向きの良いレンズとは?』という理解が深まる部分もあると思います。