テント泊で歩く夏の北八ヶ岳~雨と風とガスの天狗岳~

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2024年7月 唐沢鉱泉~西尾根~西天狗~東天狗~黒百合ヒュッテ(テント泊)~唐沢鉱泉

本格的な夏山シーズンが始まった北八ヶ岳の名峰『天狗岳』を、唐沢鉱泉起点の周回ルートで巡るテント泊による2日間。思わぬ悪天となった西尾根ルートと雨後の北八ヶ岳の美しい苔森を愛でる充実の夏山登山。

(目次)

  • はじめに
  • 雨に煙る北八ヶ岳
  • 今回のルート
  • 雨、風、ガスの西尾根
  • 西天狗から黒百合ヒュッテへ
  • ヒュッテ周辺の苔森散策と見晴台
  • 好天の2日目
  • 振り返って



はじめに

2024年7月中旬、関東甲信地方もいよいよ梅雨明けとなり本格的な夏山シーズンが始まった。個人的に振り返ってみると昨年2023年は同年6月に個展開催が正式決定したことで(実際の開催は翌2024年2月)、作品制作にさらに没頭してしまったため表立った撮影や山行はほとんどしなかった。実際にテント泊山行はゼロ、北アルプスや南アルプスなど日本アルプス山行もゼロという有様で、そのほとんどの時間を個展の準備に充てることとなった。

そういうこともあって今年2024年はもっと積極的に山岳地帯での撮影もやっていこうと思ってはいたのだが、なかなか天気や時間的なタイミングの予定が合わずで、5月の谷川連峰『仙ノ倉山』の日帰り山行を最後に再び山から足が遠のいてしまっていた。

初夏の谷川連峰ワンデイ、稜線展望と眩い新緑に心躍る1日(平標山~仙ノ倉山周回)

その間、撮影に対する感覚みたいなものを忘れないようにと都内でストリートスナップしたりしてお茶を濁したりしたが(いや、実際はお茶を濁すどころか実に楽しい撮影体験であった)、8月に久しぶりの北アルプステント泊撮影山行の予定を入れたことで、鈍ったこの体を考慮して少なくとも7月中には1回でも良いのでどこかの山でテント泊での山行の必要が急遽出てきた。というのも先述の通り2023年はテント泊も日本アルプス山行もまったくのゼロで、その最後の山行となったのが1年8ヶ月も前の2022年11月の初冬の燕岳テント泊山行で、特に体力的な不安がかなりあったわけだ。

ー 果たしてテント泊装備を担げるのか?
ー まだ機材を担いで山で数日間動くことが出来るのか?

8月の北アルプス山行を前にこの辺で年々転げるように低下し続ける体力と山へのモチベーションを自分なりにしっかりと確認しておきたい、というのが正直なところだ。

白銀の峰々に会いに、初冬の北アルプス『燕岳』テント泊山行

雨に煙る北八ヶ岳

しかし7月に入っても関東甲信はまだまだ梅雨。
猛暑になったとてそれは一過性のもので、ぐずついた天候が続いていたし、北アルプスでは大雨の影響で槍沢ルートが崩落して一時通行禁止となったり、上高地から明神への散策路が崩落したりもしていた。そんな状況のなかにおいて私にとって悪天でも楽しめる、いや悪天こそ歩きたい山域が今回の『北八ヶ岳エリア』だ。何十年、何百年と育まれた広大な溶岩台地に広がるシラビソやコメツガたちが構成する圧巻の苔森は、雨の日こそその真の美しさを纏うと言って差し支えないであろう。

以前にあえて雨の日を狙って歩いた白駒池周辺の撮影散策(2021年6月)や、2022年9月に歩いた南八ヶ岳山行の初日など、雨に煙る八ヶ岳エリアの美しさには他の山域とは一線を画す魅力があると改めて気づかされた。登山口に着いてこれから山に入ろうとするときに、雨が降っていたら山行を中止しようかと思う場面においても、この八ヶ岳エリア、とくに北八ヶ岳エリアでは「願ったり叶ったり」とさえ思える魅力に溢れているように感じる。私には生き生きとした苔森がまるでおいでおいでと手を振っているように思えてならないのだ。

晩夏の八ヶ岳、深い苔森と岩稜の稜線をゆくテント泊の2日間

今回のルート

ということで急遽北八ヶ岳での2日間のテント泊山行を予定に入れてから、山行当日の天候がどうであれ中止ぜずに歩こうと決めていた。もちろん台風云々では止めるつもりではいたが、山行の数日前に週間予報だけを確認する程度に留めておいて当日を迎えた。

今回はここ数年足が遠のいていた天狗岳を巡るコースとして、登山口である唐沢鉱泉から西尾根でピークを目指し、その後は天狗の奥庭へ下って黒百合ヒュッテにてテント泊、翌日はそのまま唐沢鉱泉へと下る周回コースとした。

本山行のログ(YAMAPより転載)

天狗岳自体はこのブログを始める以前に冬季も含めて数回歩いてはいたが(おそらく4回ほど)、そのどれもが日帰り山行だったので、黒百合ヒュッテに幕を張るのは実は今回が初めて。もちろんこのコースは日帰りでも十分楽しめるコースではあるが、久しぶりとなるテント泊山行の感覚を体で思い出す目的もあった。

雨、風、ガスの西尾根

登山口となる唐沢鉱泉登山者用駐車場に着いたのは前日の22時ごろで、そのままそこで車中泊とした。週末とは言えさすがにこの時間帯では駐車場にはまだ余裕があり、幸いトイレにほど近いスペースに止めることが出来た。(下山時には駐車場に止めきれない車が路肩にずらっと並んでいたので走行には十分注意を要する)

唐沢鉱泉駐車場
・登山者用駐車場は宿手前の路肩スペース(宿の駐車場は宿利用者専用の駐車場なのでお間違えなく)
・約40台収容可能で駐車料金は無料
・西尾根登山口寄りにエコトイレあり(チップ制)
・登山ポストは宿の前にあり
・唐沢鉱泉の手前約3kmが未舗装路であるが普通車や軽自動車等でも十分通行可能
・ゴミ等は必ず持ち帰りましょう
・宿までの詳しいアクセスは唐沢鉱泉公式HP等でご確認ください
交通のご案内|八ヶ岳 名湯の宿 唐沢鉱泉
翌朝は5時前に起床し、車中にて軽い朝食と登山準備をして6時前には何とか歩きはじめることが出来た。その頃はまだ雨は降っていなくて、山の方はガスに覆われていたが西の空には一部青空も見ることが出来た。直前の天気予報は一切確認しなかったこともあって、今日はそこそこ天気が良さそうだと勝手に思い込んで、顔に日焼け止めまで塗りたくってから歩き始めた。後で聞いた話だとこの後9時過ぎの登山口はすでにそこそこの雨天だったそうだが、その後その西尾根の稜線にてあれほどの悪天に見舞われるなど、このときは知る由もなかった。

登山口にある温泉宿『唐沢鉱泉』さん

このエリアは登山口から山に入ったらすぐに深い苔森と言えるくらい、神秘的で美しい自然がごくごく身近に存在している。早朝の涼しい気候の中、鬱蒼とした森をゆっくりと足の運び方を自ら確認しつつこの美しい森をスナップで撮りながら歩いていった。

そう、深い緑の匂いに包まれながら…。

静々と、

歩いていく。

木々と緑と土のにおい

しかし西尾根に上がる手前辺りから森には強い風とガスが出始め、上から下山してくる方々の “上下レインウェア” という出で立ちを見て、稜線上は思ったよりも天候が思わしくないと悟った。そこで尾根に出る手前でいったんザックを下ろし、上下レインウェアとザックカバーで雨対策を施してから改めて歩を進めることにした。

稜線に立つも視界は15mほど

当然その頃には分かりきってはいたが、ようやくたどり着いた第一展望台の先に広がるのは真っ白な空虚な世界。そして強い雨風がときおり横殴りのように容赦なく叩きつけ、私は幾度か体をのけぞらせた。

「おいおい、これほどまでとは…」

ガスの切れ目からあの南八ヶ岳連山の雄姿を、なんて淡い期待はその時に見事に粉々に打ち砕かれた。視界はわずか15メートルほどだろうか。足を止めていると前を歩く登山者がすぐにガスに巻かれて見えなくなってしまう。

そこからは最近お気に入りのスナップ用のコンパクトな一眼カメラ『PEN-F』もレインウェアのポケットにしまい込んで、ひたすら先の見えない世界に迷い込んで行くように歩き続けた。以前このコースを歩いた記憶だけを頼りに、それまでの登り基調からいったん下った後の岩稜の急登を登りながら、そろそろ西天狗の山頂だと確信した。

雨中の西尾根に咲くシャクナゲ

西天狗から黒百合ヒュッテへ

実のところ、この西天狗山頂から黒百合ヒュッテまでの足取りをはっきり思い出せないでいる。わずかに覚えているのは記録として山頂標を撮影するためにスマホをポケットから取り出したことくらいだ。

ただただ自分の正確な位置を知るためのもの

それはもちろん、あたり一面真っ白のガスの世界で、果たして自分がどっちを向いているのか、ここまでどのように歩いてきたのか、先を見ても振り返って見てもまったくわからない状況だったこともあるだろう。今回はそれだけでなく久々のテント泊装備で、体力的にもかなりきつくて意識が朦朧としていたからかもしれない。そして何より、なぜ好き好んでこんなところまで来てしまったのか、自分でもよくわからなくなったからかもしれない。

おぼろげな記憶

消えてゆくのは、すべて風の中

なぜ、
 いま、
  こんな状況の稜線で、
   こんな苦行のようなことをしているのだろう?

一面のガスで方向感覚も失せ、
雨と風である種の浮遊感を覚えるこんな状況が、
まるで自問自答しているような、
意識の深い領域へと迷い込んでいくような感覚。

こんな時、ソロというのは実に寂しい。
こんな状況を笑い合えないのは勿体ない!

ここはどこで、私は誰だ?

ただ黙々と悪路を登り、そして足を着けた途端に滑ってしまうような天狗の奥庭への溶岩地帯の下山路。悪天の中、一歩一歩に神経を使う下山は、疲れを伴って時に体を地面に叩きつける。幸い、咄嗟にザックをクッションとした受け身をとって事なきを得た。
危なかった…。

晴れていれば下に見えるはずの小屋の存在も今は全く見えない。
身体も、
顔も、
手も、
ザックも、
すべてびしょびしょだ。
とんだテント泊山行の復帰戦となってしまったが、黒百合ヒュッテの屋根がガスの隙間を縫って見えたときに、ここまでなんて楽しい山行だったろうと思えてしまうのが自分でも笑えるのだ。

無心で目指した黒百合ヒュッテに、ようやく。



ヒュッテ周辺の苔森散策と見晴台

黒百合ヒュッテに到着したのはちょうどお昼時の12時。
どうやら激しい雨風は稜線付近だけだったようで、幸い小屋付近までは雨は降っていないようだった。6時前に登山口を歩き出したのでここまで実に約6時間を要したことになる。もちろんこんな天候なのでろくに休憩もとっていない。昔取った杵柄ではないが、よくもまァ久しぶりのテント泊装備なのに歩きとおせたと自分でもびっくりしてしまう。もちろんそうでなければ今後の山行予定もままならないことは分かってはいるが、とりあえずはホッとした気分で小屋の受付に向かった。

大盛況のテント場

久しぶりのテント泊

小屋に入って開口一番でテント泊の受付を申し出て、すでに8割かた埋まってしまっていたテントサイトで何とか良さそうなところを見つけることが出来た。週末ということでテント場は盛況のようで確認できた数は46張。その後も数張ほど増えていると思われる。

久々に広げるテントであるが、ところどころ小さな穴が開いてしまってはいるが不具合も無く、と言いたいところだがペグを忘れるという自らの失態に見舞われ、幸い風が強い状況でもなくフライを石で固定して事なきを得た。さらにちょうどお隣に張ろうとしている方が1本ペグを貸してくれて幸いにも入口のフライを固定することが出来た。(愛知から来られていた気さくなお兄さん、その節はありがとうございました!)

黒百合ヒュッテテント場情報(2024年7月時点)
・通年営業
・料金 1,000円/人 + 500円/張(例:2人1張りなら2,500円)
・予約不要
・約50張可能
・テント場に水場は無いが小屋からの提供あり(厳冬期以外)
・数枚パレットの備え付けあり
・ゴミは各自必ず持ち帰りましょう
詳しくは黒百合ヒュッテ公式HPをご参照ください
八ヶ岳登山黒百合ヒュッテのご案内|黒百合ヒュッテ
その後は昼食として小屋のカレーを味わってから、濡れた用具一式の乾燥作業も含めて少しテント内にて疲れ切った体を休ませた。その後は “稜線から下ったら晴れる” という登山あるあるで、天候も安定しはじめ優し気な日差しも出てきたことから、カメラを片手にテントから抜け出し中山峠から少し上がったところにある見晴台まで散策と撮影に出かけた。

『ひかり届く場所、ひかり導く場所』

それにしてもこの小屋付近の苔森は本当に美しい。
登山道ということで木道は整備されてはいるが、その周りは本当に手付かずの自然が守られていて素晴らしい景観を保っている。雨による適度な湿度感と、時折雲間から指す柔らかな木漏れ日がたまらなく美しく、どこにレンズを向けても美しい写真が残せてしまう。

小さな小さな生命が育まれ、それがこの広大な森を形成している。
どんなに小さな芽でも、その大きさは計り知れない。
なんて美しい循環だろう。
これが何百年と絶え間なく繰り返されているのである。

『小さきものたちの、大きな芽』

中山峠からニュウ方面へと続く尾根を数分ほど上がるとある見晴台と呼ばれるポイントからはこの日初めて天狗岳を目視で確認することが出来た。天狗岳はツインピークの山であるが、お椀型の山が西天狗で、ゴツゴツとした尖った山容が東天狗である。
ガスが疾風のようにその山頂をかすめる。
それは目まぐるしい止まることのない変容で、それをじっと眺めているだけで素敵な時間を過ごすことが出来る。

『雨の果てに~夏の天狗岳遠望~』

山はいい。
同じ表情はひとつとして無い。
この時間、ここで、こうやって歩いてきた山を眺めることが出来て本当に良かった。

好天の2日目

お昼にヒュッテに到着したときは16℃くらいで涼しかったが、翌朝は10℃と涼しいを通り越して少しひんやりとしていた。4時半には起床してテントから顔を覗かせるとあたり一面濃いガスが掛かっていた。フライシートはびしょびしょに濡れていた。

Good Morning, Sir !

しかし昨日とは明らかに空気が全く違っていた。
今日はきっと良い天気になる。

黒百合ヒュッテの早い朝

彼は早立ちだ

コースを逆回りすれば良かったかと、つまり2日目に稜線を歩く行程にすれば良かったかと思わないことも無かったが、それはそれ。昨日のような経験も、実はしたくてもなかなかできないのである。

なにも晴ればかりが山ではない。
なにも絶景ばかりが山ではない。
絶景だけを追い求める山行からはもう足を洗った。
自分に与えられた環境を素直に受け入れ、自分だけの山行が出来ればもうそれで良いのである。それ以上の何が必要だろうか?

軽く朝食を済ませテントを撤収、6時には唐沢鉱泉に向けて下山を開始した。
ヒュッテの直下もまた苔と溶岩台地が織りなす時を超越したような美しい景観で、目を奪われるばかり。漂うガスと柔らかに指す朝の光とが相まって実に美しい空間であった。
思わず見惚れてしまってなかなか下山させてくれない。
まだまだこんな時間だ、もちろん急いで下山する理由もない。
飽きるまで撮ろう。

清らかな緑が下山者の袖を引っ張る

下山途中の分岐からは今回初めて渋ノ湯方面を選択し、パノラマコースと呼ばれるコースを歩いた。こちらの方が歩く方々も少ないようで、特に登って来られる登山者はほとんどいない。なだらかに下るコースなので下山では特におすすめのコースであろう。

世界は足元にも

影の肖像

最後は唐沢鉱泉の裏手に出て登山口駐車場には8時半には到着し、怪我やトラブルなく無事に下山が完了した。

振り返って

今回実に久しぶりに北八ヶ岳天狗岳を歩いたが良いものがたくさん撮れたし、何より怪我も無くこの悪天登山をこなせたのは良かった。山小屋に着いた時は疲労感いっぱいだったが、やはりテント泊だと一晩しっかりと休息できるので、担ぎ上げる荷は重いが日帰り山行よりは実は疲労感は少ないと感じる。

『則天去私』彼らは風を受け流すすべを熟知している

日帰りでも十分可能な今回の周回コースであるが、やはり山での貴重な時間を多く確保できるテント泊や小屋泊でなければ出会うことが出来ないシーンも数多くある。そして何よりじっくりと山を感じるこの余裕のある計画は、山の理解を深めることが出来るように思うのだ。それと同時に天気予報と睨めっこして好天の山行ばかりしていた頃よりもやはり山の理解は間違いなく進む。そう感じた今回の北八ヶ岳山行であった。

『光はなぜここへやってきたのか』

コース自体は10kmにも満たないが、岩々の溶岩地帯を進む行程が多いため、特に悪天時の登降には意外と神経を使う箇所が多く、それに伴う身体的疲労も増し 、同時に精神力の維持がそれなりに必要なコースとも言えるかもしれない。この辺りは岩稜地帯の山とは少し違う部分のように感じる。

この八ヶ岳エリアは北アルプスと並んで山小屋(テントサイト)がたいへん充実している。コース取りも様々で、稜線にこそテント場は無いがテント泊のビギナーならばこのエリアにあるテント場を利用したテント泊山行は実に良い練習になるのではないかと思う。それも湿度感たっぷりの苔森と合わせた “悪天のテント泊” も良い経験になるのではないかとも改めて感じた2日間であった。

『The Choirs ~ひとときの讃美歌~』

 

今回の記事は以上になります。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。