2021年4月、立山黒部アルペンルートを利用して残雪美しい室堂へ。北アルプスの白い峰々、青く澄んだ空、冬毛の愛らしい雷鳥、そして雪と岩の殿堂『劔岳』の荘厳なるモルゲンロートを求めて雷鳥沢テント泊へ。
(目次)
- 今回の山行目的
- 今回の装備
- 初日は疲労困憊
- 月下の霊峰立山
- 雷鳥DAY!
- 寒気流入
- 己に勝つ
- 劔岳モルゲンロート
- 幸運の3日間
- 付録
今回の山行目的
私はほぼ毎年のように雪解け前、残雪の立山連峰に会いに雷鳥沢へテント泊山行に行っています。主に美しい北アルプスの山並みや雷鳥、立山三山の上空にかかる夏の天の川を目的にしていますが、昨年は残念ながら新型コロナウィルス拡散防止のための『緊急事態宣言』が発令されて断念しました。
とくにその時は初の緊急事態宣言ということもあり、世は完全に自粛ムード。
1年後の今回も限定的ではありましたが3回目の緊急事態宣言下という状況でしたが、マスク着用・手洗い・消毒などしっかりと感染症対策を講じたうえで入山しました。
前回の雷鳥沢は昨年2020年の夏、五色ヶ原山行の初日でテント泊しましたし、春の残雪期の雷鳥沢は2年前の2019年5月でした。
ということで予定していた3日間の天気予報に合わせて撮影する対象をしっかりと計画立てて撮影を行いました。
2 日目は曇りや雨か雪 → 雷鳥が出やすくなるので雷鳥メイン
3 日目は快晴&強風予報 → 別山付近にて劔岳モルゲンロート狙い
今回の装備
さて、4月下旬の雷鳥沢。
もちろん季節的には春になりますがそこは標高約2,300m、天候によっては完全に冬山となります。登山装備・テント泊装備は楽観的な状況に合わせるより悲観的な状況に合わせるのが鉄則。
ということで今回は私の持ちうる完全な “冬山装備” で臨みました。
というのも実は昨年の秋ごろから本格的な冬山・雪山のテント泊装備を揃え始めて、冬に突入と同時にその装備で雪山撮影に臨む予定でいました。しかし2度目の緊急事態宣言の発令、そして私自身が年末から体調を崩してしまい結局一度もその装備で雪山へ行くことができませんでした。今回の山行は言ってみればその残念な冬山シーズンのリベンジマッチとの思いがありました。
滞在する3日間、その最終日には一時的に寒気も入ってくる予報ということもあり北アルプス立山の寒さに期待すらありました。
登山装備
テントは通年で使用しているアライテントの定番『エアライズ2』。
例年同様に雪上キャンプとなるので百均の銀マット2枚にサーマレストの折り畳み式マット『Zライト』、そして昨年の晩秋の燕岳で初投入したニーモのエアマット『ゾア20R』で底冷え対応。
シュラフは冬用のモンベル『ダウンハガー#2』。
ウェアはテン泊用の上下ダウンに登攀用にハードシェルも携行。
さらにグリベルの定番12本爪アイゼン『G12 ニューマチック』にピッケル『モンテローザ』。
撮影機材
そして今回は冬毛の雷鳥が撮影のメインということもあり、いつものメイン機『Nikon D5』にサンニッパこと『AF-S NIKKOR 300㎜ f/2.8G ED VRⅡ』。
さらに1.4倍と1.7倍の純正テレコン、そして風景用に標準ズームレンズと最近『Z6』と入れ替えたサブの『Nikon D850』。
三脚はこれもいつも担いでいるジッツオの『GT2542』。
着替えやら食料やら、そのほか諸々合わせて実にザックの重量は今までで最も重い27kg。
おそらく後にも先にもこの重量のザックを担ぐことはそうそう無いだろうし、雷鳥沢テント泊だからこそ担げた重量。このくらいの重量をいとも簡単に担いで北アルプス縦走できる体力自慢の方々が本当に羨ましい。
初日は疲労困憊
室堂へのアクセスは立山黒部アルペンルートになるわけですが、私はここ数年は富山側の立山駅からアクセスしています。関東在住の私にとって長野側である扇沢駅からアクセスする方がもちろん近いのですが、扇沢駅から黒部ダムを経て乗り物をいくつも乗り換えながら室堂に向かうより立山駅からケーブルカーと高原バスだけでアクセスできる立山駅からの方が楽ということで、かなり遠回りとなりますが富山側から入山しています。そのため車で富山までグルッと回ることになり運転の疲労が多くなってしまいますが…。
【登山メモ】
・扇沢駅→電気バス→(黒部ダム・徒歩)→ケーブルカー→ロープウェイ→トロリーバス→室堂
・立山駅→ケーブルカー→高原バス→室堂
※料金も立山駅からのほうが片道3,000円弱安いし(個人・大人)、駐車場の駐車可能台数も立山駅周辺のほうが多い。詳しくは立山黒部アルペンルート公式HP参照
立山黒部アルペンルート
週末ということでこの日のテン場は50張程度で、その多くがバックカントリースキー(春スキー)がメインという方々のようでした。今年の立山の残雪はいつもの年に比べて少なく、2019年の5月に来た時とほぼ残雪量は同じと感じました。
・幕営料は一人につき1,000円/泊(以前は500円でしたが値上げされています)
・トイレ(水洗・ペーパー有)及び水場有(料金は幕営料に含む)
・区画された場所以外では幕営禁止
・管理棟はありますが売店は無いので最寄りの雷鳥沢ヒュッテ等を利用
・ゴミの持ち帰りは自然保護のため徹底しましょう
ハロは円光や暈、光暈、日暈などと呼ばれる気象現象。太陽が透けて見えるような薄く高い雲が広がっているときに、太陽の周りに見えるリング状の明るい部分。薄雲を形成する氷の粒によって太陽光が内側に屈折する現象。ハロが見られるときは天気が崩れることが多い。
午後は雷鳥坂を別山乗越方面へ中腹まで上がって雷鳥を探してみましたが、さすがにこのあたりのハイマツはまだ雪から出ている部分が少ないようで、雷鳥は出てきてくれませんでした。GWを過ぎたあたりから本格的に縄張り争いが激しくなるので、その頃にはこのあたりでも活発な雷鳥が撮影できるはずです。
結局この日は雷鳥はまともに撮影できず…でしたが夕刻の奥大日岳の雄大な山容を撮影することができました。残念ながら天気が下り坂で美しい夕景は撮影できませんでしたが、まずまずの初日となりました。
月下の霊峰立山
この日は満月期のため天の川撮影は無理ということで2年前も撮影した立山三山と月を撮影できました。夜になると雲が出てきてしまいましたが、その流れる雲と月光に浮かび上がる荘厳な立山三山は神秘的な美しさ。
立山は富士山、白山と並んで『日本三霊山』。
夏の立山は地元学生たちの “学校登山” にもなるほど人気でポピュラーな山ですが、残雪を纏った月下の立山はまさに近づき難き存在。
ある種の “聖域” にも似た畏怖の念を私は感じるのです。
雷鳥DAY!
2日目の朝は予想されたように天気は思わしくなくガスであたり一面真っ白。気温も思ったよりも暖かく、テント内は-1℃までしか下がりませんでした。昨日の長距離運転の疲れと寝不足も取り切れず、この日は稜線などには上がらずに雷鳥沢周辺での “雷鳥DAY” としました。
これはもちろんかえって好都合で、雷鳥はその名の通り天気の悪い条件のほうが出てきてくれますので撮影するにはもってこい。今回の撮影山行はどちらかというと山岳風景というより、冬毛の雷鳥をメインとしていたため期待に胸が膨らみました。
テント場でお隣さんとなった同じく雷鳥を撮影しに来られた方と丸一日ご一緒させていただき、冬毛の可愛らしい雷鳥を多く撮影することが出来ました。
まだまだ季節的に激しい縄張り争いの時期ではなかったので躍動的な雷鳥を撮影することは出来ませんでしたが、それでも冷たい風が吹くとその真っ白な冬毛の中にたっぷりと空気を含んで膨らんだ雷鳥はとても愛らしい姿でした。
北アルプスの中でも雷鳥の遭遇率が非常に高いことで知られる立山エリアですが、そのぶん雷鳥に対する接し方にも十分な配慮が必要です。
近づき過ぎたり追っかけ回すなどの行為は雷鳥に過度なストレスを与える原因となります。刺激を与えずそっと見守るくらいの余裕ある距離で観察・撮影しましょう。
この3日間において美しい夕景というものを撮影することができませんでしたが、それは自然のもの。すべてがすべてうまく行くということは山の撮影においてはまずあり得ないこと。
翌朝の天候に期待しつつ、この日も早めにシュラフに包まりました。
寒気流入
前日の夜はそれほど冷え込むことなく拍子抜けとまで感じましたが2日目の夜から一気に気温が下がり始めました。ただテント場に強い風が吹き抜けることは無く、風でバタバタとフライシートがうるさくて眠れないということが無かったのは幸いでした。
天気は予想されたように雲が抜けて晴れ渡ってきました。
月が明るくて星々がきれいに眺められたわけではありませんでしたが、それでもテントのジッパーを開けて見上げれば美しい夜空がありました。
深夜に起きてテント内の温度計を見てみると-11℃。
昨年11月の燕岳テント泊よりかなり下がってくれました。その時に予想した通り、これくらい下がってもまだまだシュラフに入っていれば暖かい。心配された足先の冷えもなかったので、この程度ならば象足(テントシューズ)は必要なく快適に休むことが出来るとわかりました。
己に勝つ
今回の撮影山行はあくまでメインは冬毛の雷鳥たち。
もし条件が良ければ美しい山岳風景も撮影できれば、という計画。
そして最終日の午前2時。
テント場には相変わらず風はありませんでしたがおそらく外気温はテント内よりも低いはず。テント内にあった水は凍りつき、テントの内側も見事に霜が付いていた。
「このまま暖かいシュラフに入って朝まで休んでいればどれだけ楽だろう。」
昨日は雷鳥を探しながらの撮影で疲れも残っている。テント場は穏やかだけど、稜線はかなりの強風予測が出ていた。
「行くか、行くまいか…。」
天気は良いのでモルゲンロートはきっと撮影できるだろう。軽い朝食(深夜食?)をつまみながらそんなことが頭の中を堂々巡り。ハードシェルを着込み凍るようなアイゼンを着けてもなお、
「寝ていたい…。」
テント場は静まり返って、誰もこの時間から登るひとなどいない。
「一人か…。」
この時間、この決断のときがいつも辛い。
いつも腰が重い。
登り始めてしまえばあとはひたすら足を前に出せるのに、最初の一歩が果てしなく辛く重い…。なまけ癖の自分に喝を入れるようにピッケルを手に、アイゼンを蹴り込んだ。
劔岳モルゲンロート
別山乗越へは有無を言わせない固い雪面の直登。
ナイトハイクと言っても大きな月が味方してくれていた。
一歩一歩、ザクザクという心地よい音とともにひたすら登る。
振り返れば眼下に月光に照らされた室堂平が静かに、雄大に広がっていた。
隣に聳える奥大日岳も月の明かりを受けて浮かび上がっていた。
いつもの撮影しながら登るスタイル。
計算通り2時半過ぎにテント場を出て4時過ぎに別山乗越に到達。
前日の予報どおり稜線に出た途端に劔沢から吹き上げる風が問答無用に雪煙を舞い上げていた。
まもなく新しい一日が劔岳から始まる。
もはやその吹き上げる強風で呑気に三脚を立ててレリーズでシャッターを切れるような状況ではなかった。三脚は単なる手持ち撮影の補助程度の役割。
手も5分と耐えられなく悴んでくる。
もっとミトンタイプの分厚いグローブにすべきだけど、それだと細かなカメラ操作ができない。
本来なら別山乗越から別山方面へ稜線を上がったところの方が美しい構図で劔岳を撮影できるけれども、この荒れ狂う強風と数分後にやって来る日の出時間を鑑みて今日はここで撮影しよう。
この日の劔岳のモルゲンロートは見事だった。
本当に美しかった。
ここで、
この時間に、
この風景に出会えたこと、
本当に幸運だった。
もう言葉もなく、
懸命にカメラと三脚にしがみつきながら撮影した。
もっとカッコよく撮影できればいいけど、実に泥臭い撮影スタイルだった。
陽が高く上がってマジックアワーが終わると疲れがどっと出て…。
もう足はテント場に向かっていた。
『腹が減った…。』
幸運の3日間
距離的には大した距離ではありませんでしたが久しぶりに重いザックを背負っての登山らしい登山。
そして何より久しぶりの北アルプス。緊急事態宣言もあったりでこの5ヶ月の間、まともに山へ足が向かいませんでした。
この山行において夕景こそ撮影できませんでしたがこの3日間の幸運は本当に恵まれていました。
残雪の立山の風景も、可愛らしい雷鳥も、月下の夜も、染まる劔岳も。
まるで用意されていたセットかのよう。
いまは山々に感謝しかないし、改めて北アルプス、立山連峰の美しさや厳しさを肌で感じた3日間となりました。そしてテント場でご一緒していただいた山友さん、ありがとうございました。
付録
立山自然保護センター
みなさんは立山黒部アルペンルート室堂駅に併設されている『立山自然保護センター』をご存じでしょうか?室堂駅から外に出た瞬間に目に飛び込んでくる立山連峰のスケール感に圧倒されてそちらにばかり目が行ってしまいますが、この併設されている立山自然保護センターは立山の魅力をより深く理解することができる情報源の宝庫と言っても過言ではありません。
山の魅力はたくさんありますが、特にここ立山は山の構造・成り立ちだけでなく、そこに住む動植物たちや山岳信仰など幅広い魅力を持っています。このセンターにはその立山を様々な角度から調査・研究した資料がとても多く、とくに雷鳥に関する資料は日本一と言えます。
もちろん動植物たちのリアルタイムの分布情報など観察や撮影にも役立つ情報もあり、立山登山や室堂散策の前に立ち寄る、または帰りに豊富な資料を見るだけでも有意義な時間を過ごせるでしょう。
私は今回センターにて配布されている小冊子を3冊ほど購入(寄付という名目で各200円)。それぞれ200円とは思えない濃い内容のもの。立山土産にクッキーや山バッチも良いですが、この小冊子もその一つに入れてみていただきたいです。
ちなみに公式HPには現地の様子やリアルアイムな情報、ブログなども多数掲載されています。
ジッツオ破損
本撮影山行にて私の撮影山行を今まで文句も言わず、それこそ傷だらけになりながらも下から支えてくれた三脚、ジッツオ『GT2542』が破損しました。
ジッツオと言えば “三脚の王者” とも称される名実ともに信頼のおける私の撮影機材の一つですが、今までトラブルというトラブルは全くありませんでした。ザックの脇に括り付けて山を歩いていて、時には雨風に晒され、時には岩にぶつけ、時には鋭い木の枝の餌食になりながらも頑丈でビクともしませんでした。
しかし今回の別山乗越での撮影において、おそらく低温になりすぎてしまいノブのゴムの部分が硬化したところに強風によって岩に接触した際に割れてしまいました。もちろんゴムの部分が無くても脚の伸び縮みは可能ですが『さすがのジッツオも破損したか…』と少し残念でした。
ただ破損してもなお北アルプスの厳しい環境下において三脚としての機能を果たしてくれたところはやはり王者としての風格でしょうか。今回の破損でますます傷だらけのこの『GT2542』への信頼は揺るぎないものとなりました。