2024年8月 中房温泉~燕岳~大天井岳~西岳~槍ヶ岳(殺生ヒュッテ)~上高地
2024年夏、原点回帰の北アルプス縦走として国内屈指のメジャールート “表銀座ルート” で日本アルプスの象徴『槍ヶ岳』を眺めながらの3泊4日の天空漫歩。夏を謳歌する北アルプスの大展望と足元に広がる美しき高山植物、そして灼熱の稜線で意識は遥か槍ヶ岳を超えて。後編は大天井岳から西岳、殺生ヒュッテ、そして上高地へ下山編。
- 大盛況のテント場と美しい星空
- 3日目、槍ヶ岳のお膝元へ
- 本山行ハイライト、灼熱の東鎌尾根に意識は槍ヶ岳を越えて
- 今回の山頂、殺生ヒュッテ
- 上高地まで一気に下る最終日
- 振り返って
⇒北アルプス『真夏の一期一会』表銀座テント泊縦走3泊4日 -前編
大盛況のテント場と美しい星空
お昼前にテントを設営してから、その後どんどんと後続のテント泊利用者がやってきたようで、最終的にはけっこう広めの大天荘のテント場は数えきれないくらいのテントで埋め尽くされることとなった。さすが夏山本番の表銀座だ。
私自身よく考えたらそもそも夏本番の北アルプステント泊山行自体、2020年の夏の北穂高岳山行以来の4年振りだろうか。基本的には夏の暑さに弱いのだ。
陽が沈み夜の帳が当たりを包むと、あれほど賑やかだったテント場も急に静かになり始める。最近は夜遅くまで騒いでいる輩はとんと見なくなった。北アルプスのテント場にも現代コンプライアンスが行きわたっていると見える。
山に来ると天の川が綺麗に眺められるようになる時間帯に目覚ましタイマーが無くても起きてしまう便利な体質になっているが、この日も何気に目が覚めてテントのフライを開け放つとちょうど天の川が穂高連峰の真上に立ち上っていた。
今夜は少し疲れているのでテント場から少しだけ離れたところで撮影を行ったが、やはり翌3日目の行程を考えてあまり無理をせず、程よい数カットを撮影した後はそそくさとテントに戻ってシュラフに包まった。
風も無く、穏やかな夜であった。
3日目、槍ヶ岳のお膝元へ
一期一会、山で出会う人々②
3日目の長めの行程を考えて朝は早めに行動しようと考えていたが、私の周りの方々はさらに早い行動開始のようで、撤収作業のそのゴソゴソ音で私もつい起きてしまった。
時刻はまだ 3:00前である。
朝食は短時間でサクッと終わらせようと前日に小屋で購入していたカップヌードルで済ませた。前日同様フライには結露も無く、おかげで薄暗い中でも撤収作業がたいへん捗ったのは幸いだった。
どうやらこの3日目もまた快晴のようだ。
この日は東鎌尾根を越えて殺生ヒュッテまで歩かねばならないので、自らの亀足ぶりを考慮すると前日のようにそれほど余裕のある行程ではない。すぐに出発できるように先にパッキングまで済ませておいてから御来光を待った。
日の出直前には槍穂の稜線の上空が薄ピンク色に染まった。俗にいう “ビーナスベルト” である。東側はまるで松本盆地に蓋をするかのような大雲海が広がっていた。日の出と朝日を浴びる槍穂を撮影してから 5:00過ぎにまずは大天井ヒュッテへ向けてテント場を出発した。
ここから先の縦走路は先述の通り1回しか歩いた経験が無いので記憶があいまいだったが、大天荘からの “そこそこ” の下りをやって、改めて登山地図で見るより大天井ヒュッテまでは意外とタフだったことを思い出した。
西岳登頂
西岳への縦走路は言葉に出来ないくらいに美しい登山道だ。
いよいよ近づいてきた槍穂を眺めながら、これから歩くことになる険しい東鎌尾根の全容も見えて、近いようでいまだ遠い槍ヶ岳の肩に建つ槍ヶ岳山荘も肉眼でよく見えるようになってくる。この素晴らしい登山道を歩けるのがこの表銀座縦走路の大きな魅力のひとつであろう。
ここで重いザックは一旦小屋にデポし、空荷で小屋から15分ほどの西岳山頂を取って(自身初登頂)、すぐに小屋まで戻って冷たいフルーツ缶で補給した。実は山頂登頂ということにほとんど拘りのない自分であるから、この後すぐにやって来る東鎌尾根に備えてソロであれば西岳山頂は今回もスルーするつもりでいた。この日初めて西岳に登ってみたが、これは私を先導してくれた女性ハイカーのおかげである。
久しぶりにこんな僻地までやって来たが、やはりいつかここで幕を張って槍穂をずっと眺めていたい。愛すべき槍ヶ岳をこれほど大迫力で眺めることが出来るヒュッテ西岳の存在は、また私をこの場所に連れてきてくれるような存在かもしれない。
そんな日がきっと来れば良い。
※ヒュッテ西岳の詳細は山小屋の公式HPをご覧ください。
⇒ヒュッテ西岳|北アルプス山小屋交友会
本山行ハイライト、灼熱の東鎌尾根に意識は槍ヶ岳を越えて
ヒュッテ西岳からは最低コルに向けて一気に高度を下げることになるが、今振り返ってみるとここから先はソロではかなり厳しかったかもしれないというのが正直なところだ。まるで天空から地獄の一丁目まで叩き落されるかのように、そう、まるでここまで稼いできた “高度貯金” を使い果たすような下りで「やれやれ」という気になってくる。
下れば当然、その後にそれを超える登りがやって来るわけだ。
実は内心よっぽど水俣乗越という言わば槍沢へのエスケープルートの分岐で、このまま諦めてババ平(槍沢ロッジのテント場)へ下りて幕でも張って帰ろうかとさえ思ったが、実は同行していた2人の女性ハイカーに精神的に助けられていたのではないだろうか。
頭もクラクラしてくる。
重石のようにザックが肩に食い込むのを感じる。
元々汗っかきではない体質なのに滝のように汗をかく。
もう雄大な景色は3日間も堪能したから、正直ガスって涼しくなってくれと何度思ったことか。
ほぼ垂直な鉄階段と岩に絡むクサリ、
果てしない岩場、
痩せ尾根に通された木製階段。
整備が行き届いた登山道とは言え、はたして何度登降を繰り返したらヒュッテ大槍に着くのだろうか?
あの先に見える岩場を越えれば小屋だろうか?
もう10年以上も前の登山記憶は全くあてにならない。
すぐに息が上がる。
ただ目の前を歩く女性ハイカーに置いて行かれないようなんとか着いて行こうと、攣りそうになっている足をかばいつつ登った。下を見下ろすと槍沢のはるか向こうにババ平に張られたテントも小さく見ることが出来た。ここまで来たらもう引き返すほうが厄介だ。
やがて、すぐ目の前にこの4日間の山行中初めて出会ったライチョウの番の姿を見たとき、このライチョウたちが「すぐそこが小屋だよ」と教えてくれたことに気付いた。
12:30過ぎ、ようやくヒュッテ大槍に到着した。
今回の山頂、殺生ヒュッテ
山頂だけが山ではない
ヒュッテ大槍に無事に着いて、三度この日失った塩分と糖分を補おうと塩ラーメンとアイスケーキをぺろりと平らげた。この山行中、小屋でペットボトルを何本買って飲み干したのか、もはや覚えていない。
ここで大天井ヒュッテあたりからここまでペースメーカーのごとく先導してくれた女性ハイカー(槍ヶ岳山荘泊とのこと)とお別れした。彼女が居なかったらこれほど早いペースでここまで来れてはいなかっただろう。私は疲れてくると途端にペースが落ちるのだ。
ヒュッテ大槍での大休止の後は、この先私とコースが全く同じということで上高地を起点として縦走中の女性ハイカーと行動を共にした。ヒュッテ大槍の表のベンチに根でも生えたかのように重くなった腰をようやく上げて、殺生ヒュッテまで15分ほど歩いた。
小屋でテントの受付を済ませ、ゴツゴツとした石や岩だらけのテント場に幕を張った。結局この日はそのままここまで共に来た女性ハイカーとのんびり過ごすことにした。ソロでは基本的には撮影優先で行動するが、最近はこのように道中で出会った方々との時間を大切にするようにしている。写真に残すことも大切だが、出会った人々との記憶を心に残したいと強く感じている。
もうこの時点で槍ヶ岳山頂は行かないと決めていた。
もちろんこの山行計画時は体力と時間が余っていれば空荷でサクッと登ることも考えていたが、それは叶わぬ夢となった。槍ヶ岳の山頂自体は過去何度も登頂しているので今回は潔くパスし、ここ殺生ヒュッテを今回の山頂とした。
しかし充実感はハンパなく、ここまで歩いてきた自分を讃えた。
初日に燕岳から見えていたまだまだ遠かったあの槍ヶ岳。
それが今は目の前に聳える。
それが、
その眺めこそが今回の “山頂” の証である。
・事前予約は不要
・テント場利用料 2,000円/1人1泊
・トイレはヒュッテの外トイレを利用
・水は200円/Lで雨水(消毒済み)を分けてもらえる
・約40張可能(場所により岩の上に張ることになる)
※詳しくは殺生ヒュッテ公式HPをご確認ください
⇒殺生ヒュッテ|北アルプス山小屋交友会
3夜連続の美しい星空
さすがに3日間のここまでの道のりで疲れ切ってしまい、この日の夜は体内に備わっているはずの “星空タイマー” は発動しなかった。ゴツゴツとした寝心地最悪の立地に張ってしまったが、それにもまして疲れていたのであろう。それに殺生ヒュッテ付近からの天の川撮影は微妙な方角になるので、3夜目は撮影する予定も無かった。
しかしトイレ(私は歳だが夜尿症の気は無い)のため2:00過ぎに起きて外を見てみると天の川もかなり西に傾き、槍ヶ岳のシルエットと一緒に撮影出来そうだった。最終日も下りのみとは言え長い長い上高地への下山路が待っているので、正直体を少しでも休めたかった。
しかし、そこは星屋の性だろうか。
目の前に美しい星々が煌めいていると撮らずにはいられない。
結局テントの目の前の岩場に三脚をセットして撮影し始めた。
北アルプスには何度も来ているが、3夜連続でこれほどすっきりした雲一つない星空を堪能したことはないのではないか。
今回は本当に天候に恵まれた山行となった。
その代わり、3日目は完全に暑さにやられてしまったが…。
上高地まで一気に下る最終日
引き続き快晴の4日目
最後の4日目は槍沢を上高地まで下るのみ。
もう登りはない。
ただ今回は車の回収行程を含むので、時間的にはけっこうタイトでそうのんびりもしていられない。下山後の予定では上高地からバスで新島々駅まで行き、そこから松本駅まで電車で移動しJR大糸線に乗り換え、穂高駅へ。その後、中房温泉から下って来たマイクロバス(南安タクシー)で駅から車を駐車している終点の『安曇野の里』へ戻るという予定だ。最悪そのマイクロバスに間に合わなければタクシーで戻っても良いが、どっちにしても沢渡や平湯に車を止めているわけではないのでいつもより下山後の行程が多い。
そんな折、ご一緒していた女性ハイカーの方から沢渡に駐車している車で『安曇野の里』まで送ってあげるという提案を頂いた。もちろん二つ返事で「ぜひ、お願いします!」ということになった。
結局、今回も槍ヶ岳山頂には登っていないが、この眺めを後にするのは実に名残惜しい。やはりこうやって改めて槍ヶ岳を間近で見上げると、その尖りっぷりが尋常ではない。
楽しい下山
ソロは何が辛いって下山時である。
登りはモチベーションも上がっているし、登りの辛さはあるがその後の美しい稜線からの風景に期待が膨らんでいるので辛さも半減する。
しかし下山は、長ければ長いほど辛いものがある。
特にソロは話し相手も居ないのでただ黙々と修行僧のごとく “無” になって歩くだけだ。花も景色も、もうすべて堪能し、最終日ともなると改めて新鮮な気持ちで対峙することが出来ない。そんな時、ご一緒している方がいるのは楽しい。山の話はもちろん、写真の話や軽い身の上話などをしているうちにあっという間にババ平から槍沢ロッジまでたどり着いた。
徳沢には10:30に到着した。
予定より良いペースでここまで歩いてきた。
激混みの徳沢でようやくまともな腹ごしらえが出来て、火照った体に冷たいものも投入することが出来た。徳沢からはいつものように明神岳を右手に見上げながら明神まで歩いた。
依然として天気が崩れる様子はない。
明神まで来ると観光客もかなり多く見られ、いよいよ上高地に近づいていることを実感できた。明神から上高地までは大雨の影響による散策路崩落のため橋を渡って右岸ルートで歩くことになった。いつ終わるかもわからないくらいに長く感じた散策路も、岳沢への分岐まで来てようやく終わりが見えて、上高地の河童橋には13:00過ぎに到着した。今回の山行を大きなトラブルも無く終えることが出来て安堵した。
予想はしていたが登山客と観光客でごった返すバスターミナルであったが、沢渡行きの長蛇のバス待ちの列も次から次へと臨時便が来て、意外とすんなりバスに乗り込むことが出来たのは幸いだった。
最後は予定通り、沢渡ターミナルからは3日目以降ずっとご一緒していた女性ハイカーの方に『安曇野の里』まで送迎していただいた。失った塩分と糖分補給名目の下山飯は地元の方でもあるその女性ハイカーのおすすめで、地元のソウルフード『みんなのテンホウ穂高店』で4日間に消費したエネルギーを補給して帰路についた。
振り返って
1年9ヵ月振りの北アルプスとなった今回の山行。
実は山行前は期待よりも不安のほうが大きかったが、天候にも恵まれたこともあるし、何より山で出会った方々に大きな助けを頂いた形となり、改めて山って良いなと感じた山行となった。
※今回はログが途中飛んだり、上高地からバスに乗車した後に気付いてアプリ終了したりして正確なログデータではございません。
久しぶりの北アルプス撮影も楽しむことが出来たし、それなりに良いものが撮れてはいるが、それよりも山で過ごす貴重な時間、そして貴重な体験がほんとうに楽しくて、しんどい時も正直あったが良い山行が出来たのではないかと振り返ることが出来る。
表銀座縦走は北アルプスの中でも屈指の人気ルートであるし、とくに西岳くらいまではそれほど危険なルートではないことも改めて確認することが出来た。しかし東鎌尾根ではそれまでの疲労と相まって、それなりに慎重さが必要と感じる場面も多かった。
無事に山行を終えることが出来たのは山でお会いした皆様のおかげもあったからと思っている。
この場を借りて、改めて感謝申し上げたい。
今回の記事は以上になります。
前編後編と少し長くなりましたが、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。