2022年2月 西黒尾根ルートで登る厳冬の谷川岳。
薄雲に彩られた谷川連峰の盟主に重厚ルートで対峙。急登と深雪に阻まれながらも、彩光に包まれた美しき冬の谷川岳登山アーカイブ。
- 厳冬の谷川岳
- 冬季西黒尾根の樹林帯
- 森林限界を越える
- 絶景の稜線
- 終盤の難所
- 銀嶺の稜線
- 平穏な下山
- 山行記録まとめ
- 最後に
厳冬の谷川岳
谷川岳の二面性
群馬県と新潟県を分かつ上越国境、谷川連峰。
その中でも盟主としての存在感を放つ谷川岳は二面性を持っています。
方や天神尾根をルートとする雪山ビギナーにとって登竜門的な山。
一方は四季を通してたくさんの登山者を受け入れ、一方は卓越した登攀技術を持った人間以外立ち入ることを拒んでいます。
谷川岳の魅力はいくつもありますが、その中でもこの山の二面性を体現化している日本でも有数のアルピニズムにあることが大きな魅力のひとつと言えるかもしれません。
西黒尾根からの谷川岳
私は四季を通じて谷川岳自体どれほど歩いたかはよく覚えていないのですが、西黒尾根を起点とした山行は記憶に鮮明に残っているだけでも無雪期が3回、積雪期が2回。谷川岳に至るルートはいくつかありますが、個人的には谷川岳の存在感を大きく感じられるルートはこの西黒尾根だと思っています。
しかし過去の積雪期の2回の山行は残念ながら2回とも途中で撤退しています。1回は森林限界を越えたあたりで天候不順のため、1回は樹林帯の終了間際で腰を痛めてしまったためでした。
谷川岳に冬がやって来て、山が『銀嶺』になり始めると毎年ソワソワした心持になります。
「3度目の正直…」
「今季こそリターンマッチ…」
前回の冬の谷川岳は 2019年12月、訳あってロープウェイを利用した天神尾根からの雪山ハイク。
ようやく今回、西黒尾根から谷川岳に登る機会を得ることが出来ました。
冬季西黒尾根の樹林帯
予定の寝坊
今回の登山、起点は -2℃とさほど冷え込まない谷川岳ロープウェイの駐車場から。
この駐車場へ真夜中に車を走らせて向かうのは体力的にきついので前日にこの駐車場で車中泊として、日の出前の5時前にはスタートとする予定でいました。
・防犯上17時以降は1階のみ利用可(他の階は入らない)
・ガスコンロ等の火気の使用禁止
・テント設営禁止
・トイレあり
・夜間駐車で早出の場合、後払いOK
・冬季は小型車1,000円(平日500円)
どうもこの時期はスタートが特に億劫になってしまう。
登山をやっているのに “朝が弱い” というのは致命的とさえ感じていますが、結局スタートは遅れに遅れて6時…。
今回はコースがコースだけに無理をしない荷物、撮影機材の取捨選択を徹底的に行いカメラ2台、交換レンズ3本、三脚無し。さらに前日どうも積雪が結構あったようなので広角ズーム1本を車中に残し、本当に最低限の機材で「撮影」よりも「登山」に寄せた装備としました。
駐車場から徒歩5分ほどの『登山指導センター』にて登山届を記入・提出して、いきなりの深雪の急登となる西黒尾根に向けて入山。
前日の降雪(30~多いところで40センチ)のためか、場所によっては膝まで潜る状況。先行する方がトレースをつけながらも早いペースでグングン登っていき、もともと鈍行登山者の私は撮影もあったりで相変わらずの超スローペース。そのため、時折有難くこの方のトレースを拝借しながら美しい冬の樹林帯を撮影しつつ登っていきました。
静かな樹林帯
私は個人的に天神尾根よりもこの西黒尾根のほうが体力的にはきついですが圧倒的に好み。美しい樹林帯を形成する立派な木立、バラエティに富んだ登山道、稜線からの眺望、そしてなによりこの時期は登山者が本当に少ない。
ロープウェイを利用した天神尾根ルートは週末の好天なら多い時で登山客が300人とも言われます。某コロナで密を避けるのもありますが、個人的にチケット売り場で並ぶ、ロープウェイ乗り場で並ぶ、そしてじっくりと撮影を楽しめない長蛇の列に紛れて登るのがあまり得意ではありません。
私のように静かな山行が好みの方や、人よりも山と一対一で対峙したい方、天神尾根ルートからのステップアップを考えておらる方にはこの西黒尾根はちょうど良いかもしれません。
この静かな樹林帯で聞こえるのは健気なカラ類のさえずりや啄木鳥たちのドラミングくらい。
いきなりの急登と深雪にもがきながらも、西黒尾根ルートではじっくりとこの序盤の静かな森を撮影しながら自分のペースで登ることが可能です。
これは登山者の多い天神尾根ルートでは叶わないこと。
この日の天候は薄曇りで無風。
GPV予測である程度予想はしていましたが、思った以上に雲の多い日でした。ただ気温がそれほど低くなく風が無いのはこの時期にしてはかなり登りやすい条件でした。
寒さは感じず、むしろ汗ばんでレイヤリングを1枚調整したいくらいの暖かな朝でした。
自然が作り出す冬の凛とした森の情景や風紋、野生動物たちが作り出すアニマルトラッキングアート、そして遠く武尊山や、木々の間から向かいの名峰白毛門や笠ヶ岳の眺望も楽しめる登山道。
そんな素朴な登山道を黙々と登りながら無心になれるのもこの静けさのおかげ。
途中からはワカンを装着して、ハイペースで登って行く先行者のトレースを固めていきながらも、止まっては撮影、また歩き出して止まっては撮影、を繰り返していきます。
薄雲りの天候のため、残念ながら光り輝く雪景色の森を堪能することはできませんでしたが、この淡い光に包まれる朝の情景もまた良い。
途中、木々の途切れたところから周りの山並みも次第に見え始め、中でも武尊山塊はよく目立ち、淡い薄雲越しの朝の光を浴びて美しく鎮座していました。
上がった息を整えるため小休止がてらザックを降ろし、望遠レンズでこの山並みの稜線を切り取るのも私にとって楽しい山歩きの一つ。
美しい山岳風景に出会ったら撮らずにはいられない…。
こんなことをしているから毎回時間が押してしまうし、後続の方々に追い越されるのだ。そう、私の撮影山行、追い越されることはあっても決して追い越すことは無い…。
ただ歩きながらも、
撮影しながらも、
前日の想像よりもはるかに多い深雪に先行きが不安になってきます…。
「果たして稜線はどうなっているのやら…。」
森林限界を越える
しんがりの撮影者
次第に後続の方々に追い越されはじめる頃、森林限界の終了を告げるかのような最初の難所の岩場の手前でいったん装備を変更。足元をワカンからアイゼンへ、そして手にしていたストックもピッケルに変更。
以前に冬季に撤退したときはこの岩場を越えて少し進んだあたりだったので、この先は私自身も初めて。無雪期の経験はあまり役に立ちそうにないだろう。
「ようやくこの先を登れるチャンスがやってきた…。」
いつの間にか樹林帯終盤にて鈍行の私はこの日に西黒尾根を登ったと予想される登山者(10数人)のほぼしんがりとなってしまっていました。
撮影に時間をとられる私にはこれはある意味好都合で、これで気兼ねなくゆっくり撮影できる。
高度感とクラック
登り進めると目につくのはいたるところにあるクラック。
気温が上がれば間違いなく雪崩の起点となりそうなところがあちこちに。中にはプチクレパスを渡るところもあり、何より高度感もそこそこ。
ガチガチな雪面ならばアイゼンの爪が何よりの安心感を与えてくれますが、深雪の樹林帯に比べて風のある稜線とは言えまだまだ新雪もたっぷり。ズルっと雪が滑ったら下まで落ちしまいそうな高度感。
曲がりなりにも登山をやっているのに高所恐怖症の私にとって、こういうところに来るといつも場違いなところへやって来てしまったという感覚を抱いてしまう…。
西黒尾根名物とも言える巨大な雪庇も多く、まさに尾根に、山にへばり付いてる感覚を覚えながら目の前の巨大な谷川岳の雄姿を眺めながら登っていきます。
それにしても今季の上越国境の山々の雪の量は例年以上に多い印象で、目の前のマチガ沢の淀みのない美しさは厳冬期ならではでもありますが、特に今季は際立っているように見えます。
まさに吸い込まれるような美しさ。
と同時に近づき難き恐ろしさ。
『アンタッチャブルな聖域』にも似た美しさも持っています。
絶景の稜線
長い樹林帯を越え稜線に上がってしまえばそこは遮るものの無い素晴らしい絶景が目に飛び込んできます。薄雲に彩られたかのような周りの真っ白な山々が本当に美しい。
この神々しい山並み…。
谷川連峰界隈は今まさに厳冬期を迎えていました。
谷を挟んだ白毛門や笠ヶ岳、朝日岳から谷川馬蹄形の真っ白な山々。
越後山脈のその先には巻機山。
上州武尊山の山塊。
至仏山や燧ケ岳など尾瀬の山々。
遠く赤城山山塊も見えている。
この幾重にも重なりあう十二単のような山の稜線を、淀みのない純白の雪が美しく白化粧を施している…。
この厳冬期こそ、このエリアの山々のハイライトの季節なのかもしれません。
お隣のすでにオープン時間になったであろうスキー場有する天神平も見える。
そして眼下にはマチガ沢の美しい谷筋。
もちろん目の前には圧倒的な存在感を放つトマノ耳とオキノ耳からなるツインピークの谷川岳主峰。
決して快晴、ピーカンの谷川ブルーを満喫できるような天候ではありませんでしたが、この薄雲に彩られた淡い光、まさに彩光に浮かび上がるような山々の美しい稜線。
これもまた雪山のもう一つの美しさだ…。
終盤の難所
深雪の急斜面
ラクダの背と称されるピークを過ぎ、しばらく斜度の比較的緩む稜線歩きを周りの景色を堪能しながら進んできましたが、ここからがこの日の本当の難所となりました。すでに私を追い抜いて行った先行する猛者たちが列を成してこの急斜面にまさにへばりつくように挑んでいました。
改めてコルから見上げると悍ましさも覚えるほどのものすごい斜度の雪面!
これぞ雪山登山の真骨頂とは言え、この急こう配に思わず面喰いました。
「やれやれ、あそこを登るのか…」
撮影しながら登るスタイルの私は日ごろの運動不足がたたってか、この時点ですでにヘトヘト。
両太腿が痙攣するような、攣るような感覚。
この登りに挑むために機材も最低限のものに絞ってきましたが、それでも荷がかなり重く感じ、少し登っては息を整え、また登っては息を整える繰り返し。
いつの間にか激しい風雪に
さらにザンゲ岩が近づくにつれさっきまで穏やかだった天候が一変。
南西から容赦なく吹き付ける風雪。
降ったばかりの新雪が舞い上がってやがて撮影どころではなくなってきました。
思わずサングラスからゴーグルに変更し、雪も深くピッケルからストックに再び変更。
この風雪に加えザンゲ岩付近は特に斜度と深雪がきつく、さらにクラックもあったりで先行される皆様が交代で猛ラッセルを強いられていました。
まさに難攻不落の牙城のように立ちはだかる谷川岳。
わずか2,000mにも満たない谷川岳ですが、天候の激しい変動のそれはまさに高山そのもの。先行される方々もレイヤリングを調整しながら、アウターやハードシェルで対応されていました。
ザンゲ岩付近の難所を過ぎてようやく斜度もなだらかになり始めると隣の天神尾根を列をなして登って来られる登山者たちが目に飛び込んできました。
その登山者たちのバックには見事なまでの美しさを放つマナイタグラの岩峰群が横たわっていました。西黒尾根コースではこのあたりで初めてマナイタグラ山稜を目にすることが出来ますが、その存在感に思わず声が上がってしまいます。
「お~、マナイタグラ…。」
起点となった駐車場からここまで距離自体はそれほどでもないのですが本当に長い長い登り、登り始めたのがもうずいぶん前のように思えてならない…。
さぁ、あと一息、
山頂は目の前だ。
銀嶺の稜線
もはやバテバテの体に鞭を打つように山頂(トマノ耳)へ。
この日はお互いに深雪に阻まれた西黒組と天神組がほぼ同時刻に山頂に到達。
狭い山頂に次々とやって来る登山者の中、なかなかゆっくりと山頂からの眺めを堪能することが出来ませんでしたが、いつ見てもここからの山岳風景は圧巻の一言。
ここからの美しい景色に会うためにみんな頑張って登ってきている。
これこそが登ってきた者たちへの最高の、そう何物にも代えがたきご褒美。
ここまで自らの足で登ってきた達成感がさらにこの輝かしい山岳風景を忘れ難きものにしてくれている…。
谷川連峰主脈の銀嶺の稜線。
オジカ沢ノ頭・マナイタグラ~万太郎~仙ノ倉~平標と続く見事な稜線。
その先には無雪期には天上の楽園となる苗場山。
北側にはお隣のオキノ耳から一ノ倉岳~茂倉岳。
頭上は薄雲が創り出すハロが登山者たちを祝福しているように出現していました。
素晴らしい景色だけど、
今日は疲れすぎた…。
オキノ耳に向かう気力も体力もすでに残っていない。
今日はもう燃え尽きてしまった…。
平穏な下山
続々とやって来る天神尾根からの登山者と入れ替わるようにすぐに下山を開始。しかしあのザンゲ岩手前の吹雪は何だったのかと思えるくらいになんとも平穏な天神尾根。
振り返って見上げれば真っ白な谷川岳に多くの登山者たち。
美しきマナイタグラ山稜を横目に踏み固められた登山道でグングン高度を下げ、天狗の留まり場で小休止。
いつも下山時はもうヘトヘトなんですが、この日は特にきつかった。
とにかく早く下山して休みたかった。
そんなことを考えながら転げるようにスキーヤーやボーダーで賑わう天神平に無事たどり着きました。
もう腕も足も上がらない…。
でも、久しぶりに谷川岳を堪能した一日だった。
「あぁ、この何とも言えない達成感のために山をやっているのだろうか…。」
下りのロープウェイに揺られながら、
今登ってきた谷川岳を眺めながら、
改めてそんなことを考えていました。
・メンテナンス期間以外は通年営業
・片道料金は1,250円(小人は630円、団体割引あり)
・往復料金は2,100円(小人は1,050円、団体割引あり)
・運行時間(12月~3月) 8:30~16:30(3月から土日祝は7:00~16:30)
・運行時間は天候によって変更有
・その他詳しくは公式HP参照 http://www.tanigawadake-rw.com/
山行記録まとめ
本コースは距離にして約7km。
ただこの距離で標高差は実に1,300m以上ありますから、無雪期・積雪期に関係なくそもそも手強いコースと言えるかもしれません。ご存じの方も多いかと思いますが、この谷川岳西黒尾根は日本三大急登の一つでもあります。
①南アルプス甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根
②北アルプス烏帽子岳のブナ立尾根
③谷川連峰谷川岳の西黒尾根
積雪期についてはこれは雪の状態に依るとしか言えません。
初冬のころの多少の雪が付いた時期、
今回のような厳冬期真っ只中の時期、
冬型が少しずつ緩んだ時期。
それもそれぞれの時期において前日の降雪の有無や天候、雪質などの状況によって危険箇所やその頻度も日替わりとなります。
クラックや雪岩のミックスはそこかしこにあります。
陽が高くなる時間帯には表層雪崩の可能性もありますし、上部は特に斜度もありますからとにかく慎重さ優先で登る必要はあると感じました。樹林帯とラクダのコブ以降との天候の変化にもしっかりとレイヤリングで対応する必要性も同時に感じました。
今回は前日の降雪の影響もありトマノ耳まで休憩込みで6時間弱かかりましたが、私の場合撮影に費やす時間も多分に含んでいるのでこのコースタイムは参考にはならないでしょう。雪が締まってくればザンゲ岩への急登もザクザクこなせるはずですが、同時にその時期は雪崩にも気を使わないといけません。
どちらにせよ、天候やその場の状況をしっかり把握して自己責任で対処するほかありません。
何度も申し上げますが入山届・登山届の提出はお忘れなく。
振り返って
個人的にはやはり根本的な体力・筋持久力不足を痛感しました。
夏の北アルプスのテント泊山行でもそうですが、そもそも体力に似合わない荷を担いでいると感じています。軽量化を推し進めるか、スタミナを付ける必要があるようです。
それに社会情勢的に致し方ない部分とは言え、登山の間隔が空きすぎました。もっと頻繁に山を歩いていれば自然にスタミナもついていくでしょうし、今後は積極的に動いていきたいと考えています。
最後に
久しぶりのしっかりとした撮影山行となった今回。
ゆるりとした山歩きではなくいわゆるガチな『登山』は8ヶ月ぶりくらいだったでしょうか。
もう少し頻繁に山に入っていれば良かったかもしれませんが、やはりこれだけ間が空いてしまうと体力が一気に落ちてしまいます。
ただ久しぶりとは言っても3度目の正直で何とか冬季の西黒尾根を歩ききることが出来ました。それもこれもすべてこの日に西黒尾根を登った10数人の登山者の皆さまのおかげでもあります。
私一人ではきっと歩ききることは叶いませんでした。
この場を借りて皆さまに感謝、お礼申し上げつつ次の山行計画を練ることとします。
最後まで本記事にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。