『風に、物問ふ。』ある初夏の杓子山をロングコースで歩く

DIARY

2025年6月下旬、梅雨の晴れ間を利用して富士山の眺望の良いことで知られる道志山塊のひとつ『杓子山』に登ってきました。私自身この山に登るのは初めてのことで、富士山周辺の山に登るのも実に久しぶりでした。

個人的山歩きレビュー

個人的なことですが私の登山履歴も早いものでまもなく20年近くになることもあって、年齢的なことを考えると山を歩きながら愛でることも間違いなく後半戦と言って差し支えない時期に来ています。というのも度々ニュース等で山での遭難事故の詳しい内容をみてみると圧倒的に年齢の高い方々が多い印象です。

山を始めた年齢はひとそれぞれで “年齢=山の経験値” とは単純には言えないですし、遭難の状況もケースもそれぞれかと思います。しかし登山や山歩きにとって “年齢” というものは残念ながら瞬発力や瞬間的な判断に関しては間違いなく大きなハンデとなるものと言って良いと個人的には思っています。もちろんこれまで得た多くの経験というものも山では大切なことではありますし、逆に多少無理な登山でも若さで何とかなってしまうことも事実で、それが原因で年齢の若い方々の遭難も時々発生しています。しかし絶対的な遭難者数でいうと高年齢の方々が多いことは事実としてあるでしょう。

そんな年齢に自分も間違いなく近づいている…。
これはここ2、3年とても強く感じているところです。里山は別としても、私は常にテントを背負って高山を縦走するようなハードな山行はいつかは止めなくてはならないと考えています。

閑話休題。

若いころは山の景色のすべてが新鮮で、とにかくいろんな山を歩いてきました。無我夢中という言葉がぴったりで、ただ振り返ってみると残念ながら少し “浅さ” を伴った単調な山歩きが多かったように思います。年齢とともに考え方や感じ方、自然というものの捉え方にも大きな変化が起きることはある意味必然で、山を歩いていても若いころには気付かなかったもの、こと、景色を楽しめるようにもなりました。

この年齢になった今、若いころ、あの無我夢中でピークを目指してばかりいたあの若いころに登った山をいま登ってみたらどんな感じなんだろう?近年はそのような心持になっています。2024年の夏に表銀座テント泊縦走を敢行したのもそうした思いがあったからだったと思います。

今回の杓子山登山もその一環として計画しました。

北アルプス『真夏の一期一会』表銀座テント泊縦走3泊4日 -前編

北アルプス『真夏の一期一会』表銀座テント泊縦走3泊4日 -後編

富士周辺の山々

とは言え冒頭でも触れたように私自身杓子山自体にはまだ登ったことは無くて、本格的に登山を始めたばかりのころに杓子山の近くにある同じ道志山塊の山である『石割山』という山を歩いたことがありました。さらにしばらくしてから『毛無山』『三ツ峠山』も歩きました。

これらは言わずもがな、霊峰富士の眺望が素晴らしく、とくに若いころはこの圧倒的な富士の眺望だけを目的に歩いていたように記憶しています。大味になりがちなこのような山々にいまの自分が登ったら果たしてどのような山行になるのか、、以前とはまたひと違った “歳相応の” 山歩きになるのではないだろうか、と自分自身も興味がありました。

今回のコース

杓子山を登るコースとしてはいくつか選択肢がありますが、最もポピュラーなコースとしては山の西側から登るもので、主に不動湯鳥居地峠付近にある林道の駐車スペースから登るコースが多く歩かれています。たしかにこのコースですと短時間で登れますし比較的楽なコースとなりますが、せっかくならと今回私は手軽に登れるこの山をあえてロングコースで計画しました。

スタート地点を忍野村内野地区にある貯水池に隣接する駐車スペースとし、そこから二十曲峠を経由して立ノ塚峠、子ノ神へと尾根を繋いで杓子山に至り、そこから高座山、鳥居地峠へと下り、最後は忍野村役場付近から駐車スペースまで舗装路を歩くという約17km近いコース設定としました。

今回歩いたログ(YAMAPより転載)

山を下りてから駐車スペースに戻るまで舗装路歩きが長くなってしまうコースですが、あと何回出来るかわからない山歩き、その山の周辺の風景や山へと至る道中、山の形成、地元の街と山の関係性なんかもじっくり味わいたいと思うとこのようなコース選択になってしまいます。

実際に歩いてみてたいへん楽しめたコース設定と感じました。とくに駐車スペースに戻る道すがら、歩いてきた山々を左手に仰ぎ見れるのはこのコースの良いところで、「あそこを歩いてきたんだなぁ」と疲労感とともに充足感を得ることができました。



駐車スペースから立ノ塚峠

貯水池隣の駐車スペースには5、6台くらい駐車できるスペースがあり、私は利用しませんでしたがトイレもありました。大きな駐車場ではないため駐車可能台数も限られていることから早めに到着しましたが先着していた車はありませんでしたし、下山後も結局私の車しかありませんでした。

駐車スペースから『二十曲峠』までしばらくは長閑な田園地帯を歩き、そのまま林道歩きへと続きますが、この二十曲峠手前には整備された大き目な駐車場が完備され、富士山の眺望抜群の展望デッキもあるということで車やバイクでここまで上がってくる方々もいらっしゃいます。この日もバイクツーリングされている方が上がってこられていましたが、そのほか私以外に誰もいらっしゃいませんでした。展望スポットとしては案外穴場なのかもしれません。

二十曲峠から先はいよいよ本格的な登山道になります。
とは言ってもこの登山道、ほとんど歩かれていないのか鬱蒼と茂った山中をクモの巣を払いのけながらのバリに近い登山道といえるもので、眺望も良くない地味な登山道でした。そのぶんとても静かな登山道で、風に揺れて擦れる葉の音、夏の虫の音、野鳥の囀り、山の匂いを強く感じられるものでした。

途中からは登山道も広くなり歩きやすくなりましたし、さほどの急登もなく、誰にもお会いすることなく美しい木々の中をゆっくりと撮影しながら登っていきました。

立ノ塚峠から杓子山へ

二十曲峠と杓子山の中間地点である『立ノ塚峠』からは一転、プチ岩場やプチロープ箇所が出てくるような険しめな登山道に。そのぶんところどころ展望が良いところもあり、箱庭のように広がる眼下の忍野村と遠く山中湖、そして存在感のある富士山の眺望が疲れた体を癒してくれました。樹林帯が長かったからかそれまでは気づきませんでしたが、陽が直接当たると初夏の暑さを味わいました。幸い風もあり、標高も1,000mを優に超えているので気持ちの良い暑さではありましたが。

『鹿留山』との分岐でもある『子ノ神』から杓子山が近くなると遠くから登山者たちの声もようやくここで初めて聞こえるようになり、実際に山頂に着くと多くのハイカーの方々が休まれていました。私もここで少し補給のための休息をとりました。

【杓子山の概要】

  • 標高1597.6M
  • 道志山塊 (山梨百名山、都留市二十一秀峰)
  • 林道から眺めると大きなガレが目に付く。シャク=地崩れで、これが山名の由来と言われている。

杓子山から高座山、忍野の里

杓子山で少し休憩したのち、『大権首峠』に向けて下りて行きました。
賑やかなのは山頂だけのようで、再び人気の少ない登山道をゆっくり下りて行きました。たびたび下から登って来られる登山者も数組いらっしゃいましたが、想像していたよりも本当に登山者が少ない。

途中、送電線の鉄塔の真下を通過しますが、この辺はそもそもあまり歩かれていないようで若干登山道も不明瞭と感じました。今回のコース上の最後のピーク『高座山』の山頂を通過すると南側が突如として開けた緑地帯に出て、その脇の急坂を下っていきました。ここは掴まるようなものもない登山道のため下山にはかなりの慎重さを要しました。しかも遮るものもないため昼時の直射日光も強くて山行中で最もきつかった箇所でした。

最後は舗装された林道を下っていき忍野村の地元の学校の脇を歩きつつ、先述の通り左手にはいま下ってきた高座山を仰ぎ見ることが出来ましたし、駐車スペースのある内野地区まで来るとずっと歩いてきた二十曲峠から杓子山、そして高座山の山並みを牧歌的で長閑な里から眺めることが出来ました。

今回の撮影

今回はいつものように写真スナップはこのブログ用にデジタルでも少し撮りましたが、基本的にはフィルム中判『PENTAX645N』で撮影しました。フィルムは今回も定番の『Kodak Gold 200』を装填しました。(山行中に撮影したフィルム写真は後日追加予定)

デジタルカメラ『FUJIFILM GFX100Ⅱ』には、最近お気に入りの王道のオールドレンズ『PENTAX Super – Takumar 55mm F1.8』を装着して主に映像の撮影(F-log)を行いました。

フィルム写真撮影に、デジタル映像撮影に、と今回はロングコースではありましたが下山時も含めてじっくり時間をかけて歩きました。“撮影をする” という意識を持って山を歩いているので若いころのようにどちらかというとピークハントに比重を置いて歩くよりもやはりしっかりと自然を注視するようになりますし、とくに映像撮影のようにブレ防止のため息を殺して10数秒間じっとカメラを構えて被写体と対峙していると山の音を感じたり、風の強さを感じたり、虫や動物の気配を感じたり、山にいる感覚が研ぎ澄まされているような気がします。

残されたデジタルデータやフィルムはもちろん、山で感じたその豊かな記憶は私の中でそれら以上に残ると思っています。

 

今回の記事は以上となります。
山行中に撮影した映像クリップ集もご覧いただけたら幸いです。今回の映像はオールドレンズを装着して撮影したということで全体的にどこか懐かしさのあるフィルムライクな仕上がりを目指しました。

最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
出会った杓子山の豊かな自然に感謝を込めて。

TenMa|YouTube

『風に、物問ふ。』

この日は山に吹く風が実に心地よいものでした。
風はある地点からある地点まで、大気を移動させます。
少し前まであったそこの空気を、いま自分がいるところまで連れてきてくれます。
その間、森をすり抜け、木々をすり抜け、谷をすり抜け、小川をすり抜け、私のところにやってきます。
その風はいろんな生命力や記憶、思いを私に運んでくれます。

きっとその先にも私に触れた空気も風が運んでいきます。
きっとその先にいるものに私の生命力や記憶、思いを風が運んでいきます。
きっとその先にいるものが風に問うたら、こう返してくれるでしょう。
「なんてうつくしいしぜんなんだろう!」