前回は1回目(全3回)ということで北アルプスにてこれからテント泊を始めたい方々や、北アルプスでのテント泊を始めたばかりの方々などビギナー向けのおすすめのテント場を幕の張り易さやアクセスの良さ、利便性の高さなどを重視して取り上げ紹介してみました。
今後は感染症が落ち着くようになるまでは小屋泊からテント泊に切り替える方々も見込まれるため、テント泊の需要は増えると予想されますが、この記事がそのお役に立てれば幸いです。
(目次)
- はじめに
- おすすめ①南岳小屋テント場
- おすすめ②北穂高岳南稜テント場
- おすすめ③蝶ヶ岳ヒュッテテント場
- その他の絶景テント場
- まとめ
はじめに
北アルプスの魅力
3,000m級の山々が南北に連なる長大な山域、それが北アルプスの大きな魅力のひとつです。北アルプスには他の山域に比べると非常に多くのテント場が点在していますが、その標高3,000m近い稜線にあるテント場はどこも素晴らしい山岳風景を望めるところが多いです。
例えば八ヶ岳にもテント場はいくつかありますが、残念ながら稜線上には山小屋はあってもテント場はありません。日の出や日の入りなどはやはり稜線から眺めたほうが綺麗ですし、時には雲海が発生したり、沸き立つガスが高度感を演出してくれたりと、山は様々な表情を見せてくれます。
さらに北アルプスのような広大な山岳地帯ですと、多くの特徴をもった険しくも美しい山を山行ごとに様々な角度から眺めることが出来ます。
例えば北アルプスの象徴とも言える鋭鋒槍ヶ岳。
この鋭くも美しい山を時には南側から、時には西側から、時には北側から、と朝夕の美しい時間帯に様々なテント場から眺めることが出来るのです。キャンプ指定地がこれほど多い北アルプスだからできる何とも贅沢な山旅です。
稜線にあるテント場
ただ北アルプスの稜線にあるテント場は森林限界を越えている影響で高い木々が無く、ほぼ背の低いハイマツ帯であるため風の影響をもろに受けてしまうこともあるので、テントを飛ばされないようにしっかりと固定する必要があります。
さらにテントを設営するときや撤収するときも遮ることが出来ない強風に晒されながらの作業となることも多いです。そこに天候によって雨も加わればテントの扱い(設置及び撤収、パッキング)にある程度の熟練を要します。
夜も一晩中テントが強風にバタバタと煽られることもあってなかなか寝付けないこともあります。私は現在アライテントのエアライズという山岳用テントを使用していますが、テントが夜通し風に煽られ天井が軋んでいつテントポールが折れるかとヒヤヒヤしながら過ごした夜もありました。
もちろん山岳用のテントは強風に長時間晒されるような状況を考えられて作られています。受ける風を逃がすような構造になっていますし、テントポールも丈夫な素材ながら、あえて撓ることで破損しにくい素材が使われています。そうでないテントでは強風で破損するリスクもありますので、本格的な稜線でのテント泊ならば山岳用テントのご使用を強くおすすめします。
そういうこともあって稜線にあるテント場はある程度テントの扱いに慣れていること、そして天気の良い条件のときに計画するなどの注意が必要です。
さらに稜線のテント場には天然の水場はほぼ無いと言ってよいので必要分を担ぐか、山小屋などで購入する必要があります。
おすすめ①南岳小屋テント場
まず最初におすすめするのは穂高連峰と槍ヶ岳に挟まれた南岳直下にある南岳小屋のテント場です。
アクセスの良さ☆☆☆★★
ロケーション ☆☆☆☆☆
利便性 ☆☆☆☆☆
このテント場の魅力は何と言ってもゴツゴツした険しい穂高連峰の最高のビューポイントであることです。穂高連峰は北アルプスの象徴と言える険しさと美しさが見事に体現された岩山です。日本のアルピニズムの中心と言っても良いと思います。
穂高連峰は上高地の河童橋から見上げると吊尾根が美しく、清らかな梓川と鮮やかな緑とが相まって“流麗”というイメージです。しかし穂高連峰のもう一つの特徴であるゴツゴツした岩の険しさ、穂高連峰が持つ“難攻不落の城壁”といったイメージの穂高はこの北側に位置する南岳から眺めるのが最高なのです。
北穂高岳の絶壁、
滝谷の芸術的とも思える岩の形成、
そして奈落の底にも見える大キレットの切れ込み。
テント場そばにある『獅子鼻展望台』からそれらをすべて望むことが出来ます。
東側にはピラミタブルな常念岳をはじめとした常念山脈が、西側に目を向ければ名峰笠ヶ岳もきれいに眺められ、夕食時なんかはテント場から笠ヶ岳方面へ沈む美しい夕日もテント場に居ながらにして見ることが出来ます。
ただ唯一、テント場からは南岳が遮ってしまって槍ヶ岳が見えないのは残念なところです。
稜線のテント場なので水場は無く、飲料水は小屋で購入する必要があります。
南岳自体は穂高連峰から大キレットを登り返し槍ヶ岳へ縦走するルート(またはその逆)で歩かれることが多いので、穂高岳や槍ヶ岳とは違ってとても静かで雰囲気もとても良いです。もし私が山小屋で働くなら間違いなくこの南岳小屋を選びます。
とにかく朝夕の雄大な穂高連峰の美しさはこの立地でなければ見ることが出来ないものです。そして私のように静かな山旅が好みの方にはとてもおすすめ出来ます。
南岳に至る一般的なルートは上高地から槍沢を登って『逆さ槍』が見られることで知られる天狗池がある天狗原を通るルートになりますが、上高地のマイカー規制によるバス利用(時間制約)のため、よほどの健脚でもない限りテント泊装備ではなかなか一日で南岳小屋に至るのは難しいことになります。途中、槍沢ロッジや槍沢ロッジから少し登ったところにあるテント場(ババ平)で1泊するのが一般的でしょうか。もちろん槍ヶ岳を回って南岳に至る周回ルートもおすすめです。
そのほかのルートとしては反対側の槍平小屋からの南岳新道ルートもありますが、こちらは登山道が荒れているという情報も多く、あまりおすすめされていないようです。もし南岳新道を利用されるなら事前の情報収集をしっかりと行う必要があります。
おすすめ②北穂高岳南稜テント場
次に紹介するのは北穂高岳の山頂直下にある南稜のテント場です。
アクセスの良さ☆☆☆★★
ロケーション ☆☆☆☆★
利便性 ☆☆★★★
このテント場は通称“南稜テラス”と言われる山頂直下にある比較的なだらかな斜面にあるテント場です。北穂高岳と言うととにかく険しくて平らなところなどないイメージの完全な岩山ですが、この南稜テラスと言われるところだけ比較的傾斜が緩くなっています。そこにしっかりと番号で区画されたテント場が整備されています。
北穂高岳はまさに鋭鋒であり、よくもあんな山頂直下に山小屋を建てたものだと見るたびに思わず感心してしまうことで有名な北穂高小屋があるわけですが、そのテント場もまたすごいところにあります。まさに絶壁の上に立つようなテント場で景色が悪いはずはありません。
とくに前穂高岳がものすごい迫力をもって眺められます。ただ残念ながらこのテント場からは北穂高岳の山頂に遮られてしまって槍ヶ岳を見ることは出来ません。そのため槍ヶ岳を見るには一端北穂高岳山頂まで上がらないといけませんが、山頂は360°まさに遮るものなど無いとんでもない絶景が広がっています。この絶景度はおそらく北アルプスの展望台と言えるいくつかの展望ポイントの中において1位、2位を争うほどの絶景度を誇っています。
このテント場はテント場というよりも、もはや“公認のビパーク”に近いものがあって当然水場も無ければトイレもありません。テント受付も含めてすべて山頂直下に建つ北穂高岳小屋まで行かなくてはいけません。
そういうこともあって北穂高岳で一夜を過ごすならある意味ではテント泊よりも小屋泊のほうが良いかもしれません。このテント場は夏の最盛期であっても満杯になることはほぼ無いと小屋のスタッフの方が言われていました。ただやはりこのような北穂高の岩稜帯にへばりつくようなテント場で、自然を肌で感じながら一夜を過ごすのはとても貴重な体験です。
谷から吹き上げる強風、目まぐるしく変わる気象状況を否応なしに感じることが出来るのがこのテント場の大きな醍醐味です。
途中、長い鉄のハシゴやクサリ、ロープはもちろんのこと、逆層スラブ状の岩場まである岩稜帯の登山道のオンパレードです。
ゴジラの背と言われる岩稜帯を右手に見ながらそのような岩場の急登を大きく重いテント泊装備を担いで登らなくてはならないので、けっこう大変です。ここからさらに槍ヶ岳へ大キレットをこなしてテント泊縦走するにはそれ相応の体力と精神力を要します。
おすすめ③蝶ヶ岳ヒュッテテント場
おすすめの3つ目は蝶ヶ岳にある蝶ヶ岳ヒュッテのテント場です。
アクセスの良さ☆☆☆☆☆
ロケーション ☆☆☆☆☆
利便性 ☆☆☆☆☆
このテント場は穂高連峰と槍ヶ岳を真正面(東側)から眺望できる山として知られる蝶ヶ岳山頂直下、蝶ヶ岳ヒュッテに隣接されたテント場です。
とにかくこのテント場は全てにおいてトップクラスのテント場です。
それほどの広さこそありませんがフラットで張りやすく、小屋にも近いことから買い物やトイレ(外トイレ)、飲料水などの入手は容易で利便性も抜群です。飲料水は稜線の小屋ということで水場は無く購入することになるのですが、ペットボトルを購入するのではなく料金を支払って飲料水タンクから自分で用意した容器(1L)などに注ぐという方式をとっています。
蝶ヶ岳という山は山自体は特段特徴的な山ではありません。
しかしこの稜線からの展望の素晴らしさは北アルプスでも随一を誇ります。
西側に目を向ければ左に穂高連峰、大キレットを挟んで右に槍ヶ岳が連なり、素晴らしい3,000mの雄大な山並みを一望することが出来ます。とくに早朝、朝日がその美しい稜線を照らすモルゲンロートはこの蝶ヶ岳登山の大きな魅力となります。
反対の東側は安曇野や松本などの下界の見晴らしが素晴らしく、夜は美しい街の夜景も見ることが出来ます。
ただ初めてこの山に登った時はその穂高連峰や大キレット、槍ヶ岳の眺望にすごい衝撃を受けたのですが、最近では個人的に穂高や槍があまりにも真正面過ぎて面白みに欠けるとさえ思っています。角度が無いので陰影があまり付かなくて、のっぺりとした写真になりがちで…、というのはさすがに贅沢でしょうか。
蝶ヶ岳というなんとも美しい山の名前の由来は、麓の安曇野から残雪期(6月ごろ?)に見上げると稜線に残った雪形が“白い蝶”のように見えることからつけられたと言われています。昔の方は山名をつけるセンスがあります。
その他の絶景テント場
唐松岳頂上山荘テント場
このテント場は北アルプスの中でもとても人気のある八方尾根の先、唐松岳山頂下に建てられた山頂山荘のキャンプ指定地となります。このテント場もまさに絶景のテント場で、お隣となる重厚な五竜岳が特に目を引きます。さらに唐松岳山頂からは立山や剱岳が雄大に眺められる素晴らしいビューポイントです。
テント場は山荘下にある急な斜面に整備されている関係で、お世辞にも張り易さや利便性は良くはない印象です。とくにテント場が混みあって、下の方に張ることになると山荘までその急な斜面をその都度登らなくてはいけなくて、結構大変です。
実際私は過去にこのテント場を3回ほど利用したことがありますが、いつも到着が遅いこともあってかなり下の方に張ることになり、このテント場自体には正直あまり良い思い出は持っていません…。ただ唐松岳登山自体は途中の八方池や不帰ノ嶮の眺め、そして山頂からの展望などどれをとっても北アルプスでは一級品の山岳風景に溢れていますので、強くおすすめしたい山です。
槍ヶ岳山荘テント場
槍ヶ岳山荘に隣接する斜面に整備されたテント場です。
槍ヶ岳山頂に最も近いテント場でもあり、人気のあるテント場です。
もちろん稜線にあるテント場なので展望は抜群ですし、なにより槍ヶ岳の山頂直下ですのでやはり“憧れのテント場”のひとつでもあると思います。
三俣山荘テント場
まさに三国(信州・飛騨・越中)の交わる中心にあるのが三俣蓮華岳。
その三俣蓮華岳から三俣山荘のほうへ下ってゆく途中にあるのがこの三俣山荘のテント場です。展望はもちろん良くて、特に真正面(北側)に鷲羽岳が雄大に聳えています。
幕の張り易さは場所によって大きく変わり、上部に行けば行くほど山荘からも離れて行き利便性も下がって、さらに小石や砂礫の上に張ることになってしまいます。
ただ個人的にこのテント場が好きなのは山荘の宿泊者以外でも気兼ねなく利用できる別棟の喫茶室。ここでサイフォンコーヒーとケーキを槍ヶ岳を眺めながら頂けることが何よりの贅沢だと思っていて、そのためにこのテント場に張りたいと思わせてくれます。
まとめ
今回は絶景を望めるテント場を紹介してみました。
紹介したどれもが素晴らしい立地なので北アルプスの雄大な景色を眺めながらテント泊したいと思う方ならばきっと満足できるテント場になるはずです。
ただ冒頭でも申し上げた通り、稜線のテント場は気象条件によってはかなり過酷な環境になってしまうことも留意しておかなければなりません。実際に山頂散策や周辺散策のためテントを空けている間にテントが強風に飛ばされたという事故事例もあります。
たまに私の近くに設営している方のテントを拝見すると固定が甘かったりするテントもお見かけたりします。とくに3,000m級の稜線は天気の急変は避けられないものなので、風が穏やかでも時間が経って気圧配置などが変わると途端に風が強くなることも多いので、とくにテントの耐風対策は十分にとって利用したいものです。
次回は全3回の最後、北アルプスのおすすめテント場『秘境編』です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。