さて、今回の記事は著しく個人的な備忘録・記録としての記事ですので、その旨ご了承いただき、お付き合いいただければ幸いです。
はじめに
最近は “何かと忙しい” というよくある逃げ口上ではありませんが、思うように本ブログを更新できずにいます。山や天体撮影遠征に行っても、そして撮影機材などの更新やその他コラム的な話題を思いついても、それに関する記事を残さないことも増えてきました。例えば未公開ではありますが実は山から下山したら、都度その記憶が新鮮な数日間のうちにテキストだけは残してあって、それが一昨年分(2024年分)のものも含めてかなり溜まっています。しかし、いざそれをブログ記事として写真の編集も含めて手掛けようとすると途端にペースが落ちて、完成に至るまえにもう次の遠征に出掛けたり、時間がたってしまうと記事にしようという熱が冷めてしまったり。そのようなことが続いて結局記事として日の目を見ないものも多くあります。
さらに最近は写真系ブログという媒体において最も訴求力や集客力のあるいわゆる “撮影機材ネタ” というものに私自身が以前ほど興味を失ってしまっているので、改めてそれらの記事を残そうというモチベーションも低下しています。そんなこんなで昨年はここ数年ではもっとも本ブログを更新できませんでした。
さて前置きはこのくらいにして。
いよいよ長いようで短かった2025年が終わり、2026年へと突入しました。改めてみなさまにとって2025年はどのような年だったでしょうか?私は普段から年の区切りというものを意識しているわけではありませんし、それを都合として、また理由として活動しているわけでもありません。そういうこともあって普段から年単位の目標はとくに立てずに、いつも漠然とした大まかな目標を持っているだけです。ただ今回の記事のように自身で改めて昨年のカレンダーを見ながら1年を振り返ってみることはできるので、この場を借りて個人的な備忘録・記録として2025年という年を総括してみます。
一昨年2024年は都内で個展『北アルプス、須臾邂逅』を開催したり、グループ展『dialogue』に参加し組写真による『Sense Of Wonder』を展示させていただいたり、積極的に表に出ていった活動が多かったように自分でも思いますし、自分が関わった展示だけでなく、いろんな方々の個展にも足繁く伺った年だったという印象です。それに比べて昨年2025年はそのような活動が少ない年だったように思いますが、それは逆に一昨年が私にとってはちょっと異質の年、希有な年だったとも言えると感じています。
ただ、もちろんだからと言って表向きの活動が多かった2024年と比べてそのほかの年が消極的な年だったということではなく、これは単なるバイオリズム、いわゆる “波” でしかないと私は解釈しています。
1月~4月
2024年11月に都内で開かれたグループ展『dialogue』の後、私は山や写真に関してのことよりも知識欲のようなものが大きくなって、多くの本を読むことに没頭しました。もちろん普段から読書は好きだし、常に何かしら読んでいることが多いのですが、このころはそれこそ本を集中的に読み耽っていました。山は2024年9月の雨の高尾山を最後にまったく歩くことはありませんでしたし、同年10月から12月にかけて積極的に撮影していた天体写真のほうも年が変わってからぱったりと疎遠になってしまいました。
この世界はなぜあるのか、
そもそもこの世界や自分の存在とはなんなんだ、
時間や空間とはなんであろうか、
写真を通してそれらを撮影するということはどういう意義があるのか、
いつもそんなことを考えるのが好きですし、自分なりの哲学的な思想も年を重ねるごとに少しずつ構築されてきているように思います。もちろん哲学は明確な答えがあるような学問ではないし、それが果たして自らの人生に対してどれほど良い影響をもたらせてくれるのかさえ分かりません。そもそもそのようなことにとくに興味を持たずに一生を終える人も多いし、興味をもって生きている人間の方が稀かもしれません。
今振り返ってみると、そもそも哲学的なものに興味が湧いた大きなきっかけは、まだ20代の頃に今からおよそ30年前に出版された世界的ベストセラーとなったファンタジー小説『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著)を手に取ったのがきっかけだったように思います。
“自分” とは一体なんなんだ?と。
そのようなある種の普遍的で究極的な問いに対して、自らの人生をかけてまで挑んだ過去の偉大なる哲学者・思想家が残した著作を読むことに私は大きな意義を感じています。どうしても哲学関係の著作は難解なものが多く、専門的な知識も要求されてしまう部分も多くあると思いますが、私は解説者や訳者の丁寧で分かりやすい訳注などを頼りに、諦めずに読み進めています。2025年前半の4か月はその知識欲を満たすため、読書や研究、内的活動にほとんどの時間を費やしました。
5月
天体写真天城遠征
気候も次第に温かくなり、少しずつ外に積極的に出て行ってみようと5月は久しぶりに天体遠征に行きました。向かった先は南天の空が抜群に暗いことで知られる、いつもの天城高原。もちろん事前の晴れ予測を信じて撮影に向かったわけですが、その時の撮影遠征の記事を残していないことからもお分かりの通り、見事に曇られてほぼ撮影出来ずに終わりました。極軸を合わせた直後、前半の少しだけ晴れたので明るい初夏の対象(M8&M20)だけは短時間ながら撮影できましたが、その後は厚い雲に覆われ薄明までまったく撮影出来ませんでした。

短時間露光となった『M8&M20、猫の手』天城高原-2025/05
しかし、この夜はたまたまお隣に陣取っていた横浜から来られていた気さくな天文ファンの方と終始、それこそ薄明後の撤収まで楽しい時間を過ごすことが出来ました。撮影対象の話、機材の話、画像処理の話、そのほか他愛もない話をしながらの一夜は良い思い出になりました。噂の夜空を駆ける“スターリンクトレイン” なるものも見ることが出来たり、まともな撮影結果はありませんでしたが、やはり天体遠征は良いものだなぁと改めて感じた夜でした。
6月
高尾山
一昨年2024年の最後の山歩きが9月の高尾山でしたが、たまたま2025年の登り始めも高尾山となりました。高尾山は小仏城山や景信山あたりまで足を延ばせば比較的のんびり歩けますし、コース上に山小屋も多くあって、ふらっと歩きに行くにはとても良い里山です。自然も豊かでコース選択も豊富なことから真夏以外では気分転換も兼ねてふらっと歩きにいきます。

2025年6月 高尾山行ログ(YAMAPより転載)
登山にハマりにハマっていた若かりし頃はこのような低山や里山にはまったく興味が向かわなかったですが、登山歴を重ねたり、年を追うごとにその魅力がやっとわかってきたように感じています。北アルプスのような雄大な絶景がないかわりに、細やかな自然の美しい営みを丁寧に拾い上げ観察しながら歩ける、撮影できることが里山の大きな魅力。自然を深く理解するにはこういった身近な自然の存在をけっして無視できないと感じています。
このときはモノクロの映像を撮影しながら歩きました。
杓子山
体力がすっかり落ちていたこともあり、高尾山をきっかけに少しずつ体を山に順応させようと積極的に出掛けることにしました。登山を始めたころは登る山がすべて新鮮だったこともあり北アルプスだけではなくいろんな山に行ったものですが、富士山の周りの山々にもよく出かけていました。毛無山や竜ヶ岳、石割山、鉄砲木ノ頭なんかは歩いていましたが、杓子山は今回が初めてでした。登頂するだけなら山頂に最寄りの駐車場から気軽に登れてしまう山ですが、夏山に向けたトレーニングも兼ねていたのであえてロングコースを設定して歩きました。

2025年6月 杓子山行ログ(YAMAPより転載)
ちょうどこのころは写真だけでなく映像(動画)を撮影することもたのしい時期でもあったので、写真よりも動画を中心に撮影しながら歩きました。
7月
黒斑山
雄大な浅間山を目の前にできるこの黒斑山も過去幾度となく歩いてきた山で、冬季も含めて良き想い出の山でもあります。以前は浅間山の火山活動が弱かったこともあって前掛山まで歩いたこともありましたが、残念ながらここ数年は前掛山への登山道へは立ち入りが制限されています。

2025年7月 黒斑山行ログ(YAMAPより転載)
私はこの雄大な外輪山を浅間山を眺めながら歩いて、Jバンドから賽の河原まで下りて行って、草すべりの急登を顔をしかめながら登るコースがお気に入り。アルプス的でもあり、夏山へ向けたトレーニングとしても黒斑山はうってつけの山と言えます。
この日も杓子山同様、写真を撮りつつも基本的には動画を撮影しながら歩きました。
秋田駒ケ岳
6月からコンスタントに山を歩くようになって体も徐々に山仕様に戻ってきたこともあって、一気に行動範囲を広げようと東北遠征を敢行しました。こちらは以前に山行記録として記事にしましたので、そちらをご覧いただければ幸いです。

2025年7月 素晴らしかった夏の秋田駒ケ岳
関東からはとんでもない距離の山遠征になりますが、今振り返ってその判断を下した自分を褒めてやりたいと思うほど、本当に素晴らしい山でした。機会があればぜひとも季節を変えて再訪したい山となりました。
黒部五郎岳
6月の高尾山から始めていよいよ体の準備は万全ということで、昨年夏の薬師岳縦走以来、久しぶりに北アルプステント泊遠征に行きました。

2025年7月 黒部五郎岳山行ログ(YAMAPより転載)
もう幾度となく歩いたコース、慣れ親しんだ新穂高からの小池新道、双六、そして黒部五郎岳。最近ではテント泊をするにもテント場の事前予約が必要になったこともあって、それまでとは違って不便さを感じていましたが、この7月終わりから8月の頭にかけてのある種の天気の “特異日” を狙った計画であったことが幸いして、たいへん天気に恵まれた山行になりました。
二度と叶わないと思っていた愛すべき黒部五郎カールでの星空撮影もふたたび出来て、本当に素晴らしい山行になりました。やはり黒部五郎カールは私にとってとても重要な地、愛すべき地であると再確認できました。

2025年7月 天候に恵まれた黒部五郎岳山行
8月
劔岳
当初の予定では、お盆山行は大キレット山行にしようと考えていました。そもそも高度感のある岩場、岩稜帯を歩くコースが苦手ということもあってそのようなルートは避けてきましたが、やはり北アルプスのひとつの大きな側面でもある荒々しい岩稜帯も行けるうちに歩いておきたい、と思いました。幸いにも大キレットをコースとする場合に想定されるテント場はお盆の最盛期でも予約が不要ということもあり、天気の様子を窺いながら出発する日を直前まで引っ張れるという利点もありました。しかしお盆休みに入った途端に豪雨となってしまい、上高地は一時的に入山規制、槍沢も増水してとても登山できる状態ではなくなりました。
ただそれでもお盆後半は天気が回復する予報ということもあり、豪雨の影響が比較的少ないと思われた立山エリア、そして大キレットの代替となりそうな劔岳登山に急遽変更しました。劔岳登山自体は今回が2回目で、前回が2013年の夏だったので実に12年ぶり。もちろん撮影対象として向き合うことの多い劔岳ですが、高所や岩稜帯に対し苦手意識があるので劔岳は富士山と同様に私には「1回くらいは登っておかないと」といった類の山でした。

2025年8月 劔岳&立山縦走山行ログ(YAMAPより転載)
しかし初めて登ってからもう10年以上経っているのでその登山の記憶も徐々に薄れつつあり、今となっては本当に自分があの険しい頂に立ったのかさえ信じられない気もします。12年という年月を経て改めて登って、果たして今の自分が劔岳という偉大な山に対して何を感じるのか、そういったものに私自身興味が湧いたことも再び登ってみたくなる理由になりました。

2025年8月、12年ぶりの劔岳山行
天体写真天城遠征
黒部五郎岳山行と劒岳山行という大きな2回の北アルプス遠征を終え、そこでいったん私はひとつの区切りを感じ、9月以降の秋山行へのしばしの隙間を利用して天体遠征に出掛けました。というのも、ここ数年の夏は基本的には高山を中心とした山岳撮影ばかりをしていたため、夏に天体遠征をしていなかったこともあり、久しぶりに夏の夜空も味わいたかったのです。天体仲間と相談して今年2度目となる天城高原へ出かけました。
こちらに関しては記事にしていますので、よろしければそちらをご覧ください。
9月
友人の写真展のヘルプ及びプリント3点提供
9月の中旬、かねてから交流のあった友人であるカストロ純氏の初個展『山颪』が、東京都は恵比寿にある広重ギャラリーさんで開催されました。彼とは2023年5月の高尾山行が初対面で、それからは先述した一昨年の個展『北アルプス、須臾邂逅』やグループ展『dialogue』に遊びに来てくれたりしていました。
彼が個展を開催することは存じ上げていたのですが、そこで数点の作品のプリント制作を彼から依頼されました。たいへん嬉しい依頼に私はもちろん二つ返事でお受けしました。3枚分の写真データ(JPEG)を頂いて私なりにプリント制作を行い、写真展の数か月前にご本人に直接お渡ししました。実は技術的なトラブル等もあり満足のいく仕上がりになったかどうかはご本次第となったのですが、無事にギャラリーでの展示の仲間入りを果たしました。そして開催前日には私もギャラリーに出向いて作品の搬入のヘルプ、そして最終日の撤収作業のお手伝いもさせていただきました。

開催前日の搬入作業
たいへん多くの方々がギャラリーを訪れ、彼の作品を楽しまれたようで、私もとても嬉しく思っています。もちろん私自身の課題も見えた部分もあったりで、たいへん有意義な経験をさせていただきました。この場を借りて彼には感謝申し上げます。

2025年9月 カストロ純個展『山颪』at Hiroshige Gallery
高尾山
実は9月はいくつかの山行を計画していたのですが、残念ながらそのどれもすべて悪天のためキャンセルとなってしまいました。北アルプスや東北への山行を予定していましたが、天気ばかりはどうしようもありません。とは言え9月は今年2度目の高尾山へ歩きに行きました。

6月以来の高尾山ゆるハイク
この日はグループ展『dialogue』の共同主催者であるおふたり、写真文学者 “心象スケッチ” こと大西慧氏と、“単独行のまさ太郎” ことまさ太郎氏との3人でのゆるハイクとなりました。ソロで歩くことがほとんど私ですが、最近は心境の変化もあり、気の合った仲間と一緒に他愛もない話をしながら、そしてスナップを楽しみながら山を歩くことがとても楽しい時間、贅沢な時間に思えてきています。下山はケーブルカーを利用するという徹底したゆるハイクは、私には逆に新鮮でした。
10月
大菩薩嶺
大菩薩嶺はおそらく私が登山を始めてから最も頻繁に歩いてきた、とても親しみのある大好きな山の一つです。展望の良い稜線ハイクや奥秩父然とした森の景観、そして少し足を延ばせば登山者がグッと減った静かな牧歌的な山行も楽しむことが出来ます。

2025年10月 大菩薩嶺ログ(YAMAPより転載)
この日もソロではなく、初個展『山颪』を終えたばかりのカストロ純氏と歩きました。

2025年10月 大菩薩稜線
登り始めはガスガスで稜線での展望は諦めていましたが、紅葉が始まった森を登りながら愛で、稜線歩きの途中からはガスも時折晴れて、大菩薩の美しい稜線美を楽しむことが出来ました。個人的にはハイカーがガクンと減る介山荘以南、狼平から小金沢山の稜線付近の牧歌的な雰囲気が大好きです。
11月
塔ノ岳
ここのところ交流の多かったカストロ純氏は天体撮影にも興味があるようでしたので、彼を誘って天城高原で天体遠征を敢行する予定がありました。しかし残念ながら夜から伊豆半島を雲が覆う予測となってしまい、残念ながら中止せざるを得なくなりました。天体撮影は休み・天候・新月付近という3点が揃わないとなかなか撮影が難しいのがほんとうに残念です。
そこで天体遠征の代替としてふたりで塔ノ岳へ登山することになりました。私にとって関東(神奈川県)の山とは言え丹沢エリアはなかなか遠征しづらい山という認識があって、最後に丹沢エリア(大倉から丹沢山)に登ったのははっきりと記憶していないくらい昔のこと。時期は冬で、塔ノ岳山頂の手前から美しい霧氷のトンネルを通って、丹沢山まで足を延ばしてピストンしたことははっきりと覚えています。

2025年11月 塔ノ岳山行ログ(YAMAPより転載)
今回改めて登山口の大倉まで遠征したわけですが、新しくできた新東名のスマートIC『秦野丹沢』の利便性と、さらにもうひとつの懸念であった大倉エリアの駐車場がそれに合わせて増えていたことでとても行きやすくなったと感じました。つまり私が最後に行ったときはそれこそ圏央道と東名がまだ繋がる前で、改めてその恩恵を大きく感じました。

木ノ又小屋のチャイ
12月
塔ノ岳
先月11月の久しぶりとなった丹沢エリアの登山で感じたアクセスの良さと、そして展望の良い1,500mクラスの山登りは気分転換やトレーニングにはもってこいということで、今度は丹沢エリアを “ホームマウンテン” とする心象スケッチ氏を誘って登りに行きました。実はコース自体も11月とまったく同じコースを歩いたのですが、それはひと月分の季節の進みを体感できることと、前回歩いたときに気になった木ノ又小屋のグリーンカレーを食したいという目的でした。
今まで私はそれこそ写真を撮ることを主目的として山を歩いてきたわけですが、最近ではまた違った山の楽しみ方を覚えるようになってきました。ひとりでストイックに登って山と向き合い、山が見せてくれる表情を拾い上げながらそれらにレンズを向け、丁寧に撮影していく。そういった登山、そういった撮影も楽しい反面、もっとフランクな山の楽しみ方、気の合った仲間たちとの “交流の場としての山” という楽しみ方も良いのではないか。最近ではそのような心持になってきました。

2025年12月 初冬の陽だまりを探して
この日もまさにそのような山行で、すこし疲れたら暖かい小屋に入って温かいおしるこを頬張り、山頂でのんびりと景色をながめ、お目当ての小屋まで下って、またうまいコーヒーを頂く。靴を脱いで陽だまりの木製デッキで胡坐をかきながらの他愛も無い会話や気さくな小屋番さんとの交流。写真は歩きながらふと目に留まった被写体を軽快にスナップしてゆく。
それはけっして絶景ではないかもしれない、
なんの変哲もない登山シーンの一コマかもしれない、
他の登山者にとっては素通りしてしまうありきたりな登山道の木や葉っぱかもしれない。そういったささやかな一コマ、小さな一コマを記録するということ。それもまた登山写真なんだと感じています。残念ながら目的のひとつであった木ノ又小屋のグリーンカレーは30分前に売り切れてしまい食べ損ねてしまいましたが、それはまた歩きに行く理由、宿題となりました。

『Epitaph』
※本記事を編集している2026年1月、実に残念なことに大倉尾根中腹にある山小屋『堀山の家』が山火事により全焼という事故がありました。幸い怪我をされた方はいらっしゃらなかったようですが、丹沢登山者にとっては大きな憩いの場であった山小屋だっただけに、とても残念に思いましたし、山火事の恐ろしさを思い知らされました。我々登山者は自身の身の安全はもちろんのこと、山火事を起こさない、遭わないことも肝に銘じて入山しなくてはいけません。
今後の予定
現時点で予定していること、と言いますか目標としていることはいくつか青写真はあります。しかし果たしてそれがどれだけ実現できるか、こればかりは自分でもわかりませんが、現時点では以下のようなことを構想として持っています。
①写真展(巡回展)
まずはもっとも大きな目標としてはふたたび写真展をやろうということ。2024年の個展は私自身初めての個展ということもあって、何もかもが手探り状態で、いくつかの改善点が残る結果となりました。もちろんその時点では出来得る限りのことはこなしたつもりではありましたが、もっと上手くやれたのではないかと今となっては思います。

初個展のステートメント
展示作品に関してもさらなるレベルアップを図ってみたいという思いもあります。そしてなにより次に開催するときはぜひ東京以外でもやってみたい、巡回展のような形で開催してみたいと思っています。私の場合、1点のプリント作品を完成させるのに多大なる時間と労力、資金を必要とします。それをたった1回きりの展示で終えてしまうのは残念なことですし、東京以外にお住いの方々にも観ていただきたいと強く思っています。
②フォトブックの制作
その写真展に合わせてフォトブックを制作したいと考えています。実は2024年の個展のときもそれに合わせて図録のような形で『Transcendence Of Nature BOOK1』を制作しました。そもそもそれは予定していなかったブックで、個展開催までの準備作業が思ったよりスムーズに進んでいたため、その開催までの空いた時間を利用して制作しました。そういうこともあって内容的には見切り発車で杜撰なもので、新たに制作するものはしっかりとしたものにしようと考えました。そして、もともと興味をもっていた哲学や思想などを写真とともに1冊の本にしてみたら面白いのではないかと考えました。実は今後やってみたい写真展のテーマを “Photography & Philosophy” 、つまり写真と哲学をテーマとしたものにしてみたくて、ブックもそれに合わせたものを制作してみたいと思うようになりました。

個展に合わせて制作した図録『Transcendence of nature BOOK1』
それともう1冊、また別の形で純粋な写真集を制作してみたいとも思っています。そちらは打って変わってネイチャーを主題としたものではなく、ふだん見慣れた日常風景や郊外の都市風景をフィルムで撮影した写真のみで構成したいと考えています。生産と消耗を繰り返すだけのデジタル写真で溢れかえっている昨今において、私なりにもう一度フィルム写真の意義みたいなものをテーマにしたブックにしたいと思っています。
今後はこのふたつの目標を柱に据えながら、撮影や制作を出来ればと考えています。もちろん昨年は天体写真はまったく不作な年でしたので、そのあたりも積極的に撮影したいですし、あと何年歩けるかわからない北アルプスや谷川連峰、東北の山々にも出かけていきたいと思っています。それに合わせてもう少し本ブログの更新頻度も上げながら、今後は同時にYouTubeのほうも積極的に更新していきたいと考えています。
今回の記事は以上になります。
最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました。少し遅くはなりましたが、本年も本ブログをどうぞよろしくお願い致します。
2026年1月某日 TenMa / SKYART PRODUCTION







