2020年8月 巻機山登山口~前巻機~御機屋~牛ヶ岳
緑深き夏の巻機山ワンデイ。美しきブナの森を越えて、池塘と色とりどりのお花に彩られた越後の名峰で夏の天空トレイル。
(目次)
- 日本百名山『巻機山』
- 巻機山登山
- 巻機山登山口から美しきブナの森へ
- 森林限界超えの7合目
- 前巻機山から巻機山本山へ
- 天空トレイル
- 灼熱の下山
- 緑深き夏の巻機
日本百名山『巻機山』
上越国境でも屈指の素晴らしい稜線歩きを堪能できる巻機山。
巻機山は深田久弥氏の『日本百名山』にも選定されたまさに名峰。
この地域は言わずと知れた日本でも有数の豪雪地帯であり、その雪解けが育むおいしい水に磨かれたお米は『魚沼産コシヒカリ』というブランド米として食卓に並びます。
その田園風景の南魚沼平野からせり上がる山容で象徴的な存在の巻機山は三国山脈に属し標高は1,967m。谷川連峰の山々もそうですが、このあたりの山々は雪深さや冬の厳しい環境もあってか、2,000m未満の山とは思えない実に『アルペン的』な山が多いですが、この巻機山もやはり森林限界は低く、特に山頂部は展望の良い開放的な稜線の続く山です。
そしてブナの森や種類豊富なお花たちもこの巻機山のなくてはならない大きな魅力となっています。
山が持つ美しい自然や麓の人々の生活・文化に無くてはならない存在である巻機山はまさに『日本百名山』に相応しい名峰といえます。
巻機山登山
私は谷川連峰の山々とともにこの巻機山も頻繁に歩いていて、雪解けを迎えた春から梅雨前、もしくは梅雨時期の晴れ間、そして紅葉が美しい秋など何回か歩いていました。2,000m未満の山としては重厚な山歩きができ個人的にとても好きな山ですが、森林限界が低いとは言えやはり2,000m未満の山の暑さを恐れ、今まで真夏に登ったことはありませんでした。
2020年は新型コロナウィルス拡散防止のため、いつも夏に登っている北アルプスの山小屋が例年とは異なる運営をするところが多く、おいそれと気軽に泊りで行くことができない状況になってしまいました。
ここ数年は涼を求めて『夏は北アルプス』というのがルーティンになっていますが、あまり大きな声では言えないのですが、毎年のように夏の北アルプスを堪能していると少しばかりマンネリ気味と感じていたところもあって、2020年の夏山は少しアプローチを変えてみる良い機会と捉えて、今まで登ったことがあるけど夏は登っていない山、そして北アルプスとともに愛する新潟や東北の山に積極的に足を向けようと決めました。
かつて巻機山に登って目にした残雪の美しさや紅葉の美しさ以外の魅力も発見出来たらとの思いもありました。巻機山には避難小屋として鞍部に宿泊できる施設(自炊のみ)があって、私も2回ほど利用させていただいたことがあり、今回も本来ならその小屋泊りで行く予定でいましたが都合がつかずに今回は日帰り山行としました。
巻機山登山口から美しきブナの森へ
南魚沼市清水にある登山口『桜坂駐車場』は関越自動車道IC『塩沢』からも比較的に近くてアクセスしやすい登山口で、好天が期待されたこの日も多くのハイカーで賑わっていました。
・関越自動車道IC『塩沢』より30分ほど
・駐車料金は500円/日(下山時に支払い可)
・30台ほど駐車可能で臨時駐車場的な箇所もあり
・トイレ完備
・下山時に登山靴の泥を落とせる洗い場あり
長かった梅雨も終わりようやく本格的な夏山シーズンに突入し、早朝の登山口は夏山独特の“匂い”に満たされていました。
夏の新潟の山の暑さを覚悟してはいましたが、さすがに早朝はまだまだ涼しく、鬱蒼とした森の中へ巻機山を目指し入山していきます。序盤はアカゲラのドラミングに迎えられ爽やかな朝の登山道をサクサクと登っていきましたが、なかなかどうして、登山道は泥濘が多くてコンディションはかなり悪い状態。そこにこの山特有の粘土質も相まって足場はかなりスリッピーで慎重に足を前に進めます。
5合目あたりから鬱蒼とした森は次第に美しいブナの森に移り変わり、その木立の美しさたるや特筆すべきものがあり、足を止めて見上げるとブナの息遣いが聞こえてくるほどで時折見入ってしまいます。
このブナの美しさは巻機山登山の大きな魅力の一つであると感じていますが、やはり時期的には残雪のころのほうが個人的にはさらに輝いて見えた印象がありました。
緑が美しいブナの森を堪能しながら登り詰めていくとやがて木々の背も低くなり周りの山々が見え始めてきます。
森林限界超えの7合目
序盤からそこそこの急登が続いてたっぷりと汗を絞られ、新潟の山の懐の深さを感じられます。しばらく我慢の登りも、7合目の開けた展望スポットへたどり着けば、前衛峰である前巻機山とともに一気に周囲の山々が目に飛び込んできて疲れもどこへやら。ここで荷を下ろし一息入れながら谷川岳方面の展望を楽しみます。
残念ながら谷川岳には厚い夏雲が垂れ込めていて見えませんでしたが、手前に見える上越国境のマッターホルンこと『大源太山』や谷川連峰の中枢『万太郎山』、そして『仙ノ倉山』から『平標山』にかけての谷川連峰主脈の山々はきれいに眺められました。そして見上げると朝日岳へと続く上越国境の屈強な稜線が美しく延びていました。
長かった梅雨が明けてようやく見れた青い空と美しい峰々は、それまでの鬱憤もきれいさっぱりと洗い流してくれるような、そんな美しい特別な景色です。
前巻機山から巻機山本山へ
7合目からは森林限界を越え、前巻機山までの急登も眺望を楽しみながらゆっくりと足を進めます。このあたりから登山道には整備のために設けられた木道を歩いていきますが、登山道を少し外れた左右は植生保護や植生再生のため立ち入らないようロープで制限されています。むやみに登山道を離れないように気を付けながら登っていきます。
前巻機山は巻機山の9合目にあたり、その手前からちらほらとニッコウキスゲが見られました。ニッコウキスゲが咲く巻機山は今回が初めてで、これも夏の巻機山登山のご褒美。ほどなくして『ニセ巻機山』の山頂標とともに緑が鮮やかな圧巻の巻機山の山容が現れます。
この緑の美しさは見事で、残雪期のまだ緑色の薄い巻機も、草紅葉で美しい巻機もそれはそれは素晴らしかったですが、この夏山全開のたおやかでかつ重厚で緑が輝く山容はこれまた素晴らしく、
『嗚呼、来てよかった…』
と改めて山の素晴らしさに胸がいっぱいになります。
前巻機山から一端下ると巻機山避難小屋となりますが、この日は登山道の整備に当たっておられた方々がいらっしゃっていていつもよりも賑やかでした。登ってくる途中、何回かヘリで下から物資が運ばれていたのを目にしていましたが、どうやら登山道整備の物資だったようです。
この巻機山に点在する池塘群の一部は数十年かけて修復されたり復元されたものもあるらしく、このような美しい山を保つのは並々ならぬ長い年月と努力を要するものであると改めて思います。
山小屋から先は巻機山本山にかけて最後の急登が待っていますが、そこをこなせば絶景の稜線はすぐそこ…。
・無人小屋
・2階建てで定員は30人ほど(植生保護のため周囲での幕営禁止)
・バイオトイレおよび非常用無線あり
・水場あり(小屋から5分ほどの沢)
天空トレイル
稜線に上がればすぐそこが『御機屋』と呼ばれる巻機山の山頂柱が立つピーク。ここからは巻機山登山の最も大きな魅力の一つ、牛ヶ岳へ向けての気持ち良い“天空トレイル”の始まり。
2,000m弱の稜線からは360度の大展望を楽しみながら、さらに所々に点在する池塘や足元の山野草も愛でながら、心地よい風を感じながら、本当に気持ちの良いトレイルとなります。
前巻機山ももうすでに眼下となり、お隣の割引岳の雄姿や南へ延びる米子頭山から朝日岳への美しい稜線美、長大なる谷川連峰主脈の山々、そして今回は雲が出て鮮明には見れませんでしたが奥利根や越後三山の山々、本当に遮るもののない素晴らしい大展望。
池塘には時折梅雨明けしたばかりの青空と夏雲が映り込み、登山道脇にはニッコウキスゲやタテヤマリンドウの群落。太陽が雲に隠れるとそれまで掻いた汗がひいて嘘のように気持ちよく、
『これが巻機山の夏か…』
と改めてここを歩ける喜びを感じました。
御機屋から少し先の巻機山山頂、さらにその先の『牛ヶ岳』へは登山者もどんどん減っていき、思う存分『山と対話』できるような静けさのなかゆっくりと楽しみながら歩きます。牛ヶ岳手前の鞍部にはこの山行では初めてのハクサンフウロも咲いていて、まさに美しいお花畑状態。
残念ながら牛ヶ岳のほうへ進むにつれガスも出てきてしまって展望は今一つでしたが、それでも十分この美しい天空トレイルを楽しめました。
灼熱の下山
牛ヶ岳で軽く昼食休憩とし、来た道を引き返します。
以前はよくガスやコッヘルで湯を沸かしてコーヒーを飲んだりラーメンを食べたりもしましたが、最近は日帰り山行ではそのようなことも少なくなりました。
湧き上がるかのような夏雲を超広角レンズでスナップしながら御機屋までのんびり歩き、そこからは転げるように下山にかかります。ここまで標準コースタイムはとうに超えており、天気の崩れは心配ないとは言え午後の気温上昇を嫌いハイペースで下りて行きますが、これが骨の折れる下山でした。
振り返ってみればこの山行において累積標高は1,500mを超え、距離にして13.5㎞、総行動時間は10時間半という、日帰り山行にしてはなかなかタフなものがあり、特にここ最近は自粛期間などもあって間が空いたこともあってかなりきつかった印象でした。
稜線上は直射日光さえなければ涼しい風が気持ちよく、素晴らしい展望に後ろ髪惹かれる思いで前巻機山を下りましたが、そこから先、特に7合目以降は美しいブナの森を愛でる心の余裕も陰ってきて、粘土質でぬかるむ登山道に苦労させられました。
担ぎ上げた多めの水も下山途中で底を尽いてしまい、最後は暑さと疲労でぐったりしながら登山口までなんとか下りてきました。
それでも怪我もなく無事に下山できたことのほうが身体の疲れよりもはるかに大きく、達成感に満たされる心持となりました。
緑深き夏の巻機
今回夏の巻機山を堪能して改めて素晴らしい山と感じ、さらにこの山が好きになりました。美しいブナの森あり、色とりどりの美しい山野草あり、大展望の稜線に夏雲映す池塘ありと本当に見どころの多い素晴らしい山です。
残雪が残る輝かしい春、緑がより一層深く鮮やかな夏、そして草紅葉の美しい秋と味わってみて、巻機山の懐の深さを感じ、四季を巡る山の変容も感じとることができました。後は『厳冬期』と言いたいところですが、さすがにこの山域は雪が深すぎると同時に、入山者もほとんどいないと思われるのでなかなか難しいとは思います。
しかし雪化粧を始める初冬や、早春ならばなんとか歩けそうとも思いますので、機会があったらまた違った巻機山の表情を見に行きたいと思っています。