2022年10月 新穂高~双六岳~黒部源流~雲ノ平~祖父岳~黒部源流~新穂高
北アルプス黒部源流の晩秋。
賑やかな夏山から一転、閑散とした静かな山を求めて冬支度をする山々を歩く4日間。たおやかな稜線美、金色の紅葉、満天の星空、愛らしい雷鳥、そして朝夕の茜色に染まる美しい山景。
天と地を紅で紡ぐ、北アルプス最後の秘境『雲ノ平』テント泊山行。
後編は雲ノ平の夜明けから新穂高までの2日間。
- 雲ノ平の星空
- 雲ノ平の新たなる一日
- 祖父岳のライチョウ
- 三俣山荘へ
- 最後の夜、そこは満天の星空
- 4日目、新穂高に下山
- 山行記録まとめ
↓ 前編(初日~2日目)はこちら
雲ノ平の星空
雲ノ平の見事な夕景の撮影後、テントに戻ってみると外気温計は5℃を示しており昨日よりは幾分暖かいような気がしました。
夕食後に一気に夜の帳が辺りを包むと月が出てくる前の少しの間だけでしたが、薄雲越しに秋の北天の天の川を見ることが出来ました。雲ノ平で星空を見たのも実は今回が初めてで、今まではすべてガスったり雨だったり全く見れなかったので、薄雲越しではありましたがとても綺麗な星空に出会えてこちらも幸運を頂きました。
撮影を終える頃にはやはり肌寒くなり、19時を回ると2℃まで下がってきました。2日間でトータル25kmの距離を山々を越えて歩いて来たためか、夜はすっかり疲れが出てきてしまい早めの就寝としました。
(後で知りましたがどうもこの後、薄雲が完全に消えて黒部五郎岳の真上に立ち昇る沈み行く夏の天の川が綺麗に見られたとのことです…)
好天続く3日目
翌日は4時に目覚め、テントから顔を出すと予想通り月光に照らされた幻想的な雲ノ平となっていました。風はなく0℃まで下がってはいましたが前日のようにフライシートに霜が付くこともなく比較的暖かく感じる朝でした。
そそくさと支度をして月光下の雲ノ平を撮影してみました。
周りでは「グェー、グェー」と何羽もの雷鳥が「こんな夜更けにお前何やってるんだ?」とばかりに鳴いていました。
こんな季節に、
ひとりで月下の雲ノ平にいる、
まさに夢のような時間だ…。
時間が経って新たな一日が始まろうとする頃には次第に山荘から早出の登山者が歩いてくる。
なんて清々しい、特別な朝なんだ…。
雲ノ平の新たなる一日
そのまま日の出撮影を予定していたのは山荘を挟んだ向かいの祖母岳でしたが、ちょっとしたトラブルもあってテント場から思ったよりも時間がかかってしまい、空も少しずつ赤くなり始めていたので頂上の手前で準備して待つことに。
時間が経つにつれ、その朝焼けは赤さをみるみる増して雲ノ平はやがて美しい紅の光に包まれました。
撮影しながらも、もうため息しか出ないほどの美しい淀みのない風景。
この日、
この時間、
ここでこの情景に出会えたことは運もあるかもしれませんが、何よりここまで歩いてきた自分へのご褒美だなと。
こういう秘境に来ると自然と心持ちも感傷的になります。
雲ノ平の空が深紅に燃える雲を紡いでいるような、見事な朝焼け。
あぁ、堪らなく美しい…。
祖父岳のライチョウ
撮影後にテント場まで戻ってみるとほとんどの方はすでに発たれていてなんとも静かなテント場。のんびりと朝食を摂っているうちに最後はひとり残って撤収作業。
8時半前にようやく祖父岳に向けて出発しました。
3日目の予定はここから三俣山荘までというとても楽な行程。数日間山に入って撮影をしていると、貧乏性のためなかなかにタイトな撮影スケジュールを詰め込んでしまいます。しかし連日そればかりでは疲れてしまいますし、何より山でのんびりと時間を過ごす日を設けておくのも大切だと思っているので、雄大な景色を眺めながらゆっくりとする3日目としました。
後ろ髪引かれる思いでテント場を後にして、朝の景色を楽しみながら祖父岳の分岐へ登ります。
朝の美しい空気に包まれながら祖父岳への急坂を登って行きますが、上部のハイマツ帯から好奇心旺盛な雷鳥が一羽登山道に出てきてくれました。
雷鳥はこの山行中も幾度か目にすることは出来ましたが撮影出来るほどの好条件で出てきてのはこの時が初めてで、良く考えてみると今年初めて雷鳥を撮影することが出来ました。
ハイマツの実を夢中で転がしているその姿はとってもキュートで愛らしく、間近で出会えて本当に幸運でした。近くにこの雷鳥の抜け落ちたであろう羽根を見つけたので記念に拾って持って帰りました。
これから北アルプスは厳冬の季節となりますが、きっと頑張って越冬されることでしょう。こんなに可愛らしいのに、本当に逞しいですね、雷鳥は。
その後、祖父岳山頂で軽く休憩してから岩苔乗越(分岐)まで稜線歩きを楽しみました。
三俣山荘へ
実はこの分岐ポイントに到達するまでこの後のルートを鷲羽岳を越えて行くか、それとも水晶岳にピストンだけでもしようかと散々迷いました。しかしかなり疲労が溜まっていたのと、重装備ということもあり今回は無理せず源流沿いに下るルートをとりました。
鷲羽岳も水晶岳も過去に何度か登頂しているので、最近では撮影のため重装備になっているときは無理をしないルートをとることにしています。
ここから先はちょうどこの分岐でご一緒したソロで来られていた女性の方(ここまでほぼ同ルートの方)が、以前から山の写真を撮られていたということで三俣山荘まで山談義、写真談義などしながら紅葉で色づいた源流沿いを楽しく歩くことができました。
源流ルートは立ち枯れのコバイケイソウも多く晩秋の空気に満たされ、美しくもあり、寂しげでもありました。稜線ルートも良いですが、この沢沿いを三俣蓮華岳を正面に眺めながら歩くこのルートも個人的にはかなり好きです。
黒部源流碑で小休止を挟んでから、改めて登り返し。
三俣山荘には13:30頃に到着できました。
その後はテント場にて鷲羽岳を仰ぎ見ながらのんびりと過ごす午後としました。
三俣山荘のテント場も閑散としていて、いつもはここではかなり上の方のガレて張りにくいところにテントを張っていましたが、この日は20~25張くらいで好きなところに張り放題でした。
とにかく登山道含めてどのテント場も、そしてどの山荘内も閑散としていて空いている印象でした。
『黒部の山賊』の舞台、三俣山荘
この三俣山荘、ご存じの方も多いとは思いますが今や伝説的とも言われる『黒部の山賊(伊藤正一著)』の舞台でもあります。まだまだ北アルプス登山が黎明期であったころ、真の山人たちが躍動していた時代の貴重な逸話が多く収録されたこの名著は、この黒部源流を歩くのならば一度は読んでいただきたいバイブルと言えます。
時代が移り変わっても、
山小屋が新しく建て替えられても、
この山域を登山する方が増えても、
何も変わらないのが唯一、この山域の美しい自然です。
『黒部の山賊』の頃、著者が山荘のオーナーとなって様々な出来事を体験した黒部源流。そんな無垢な時代に想いを馳せながら、今この美しい山々を眺めながら歩くのも実に味わいがあるのではないでしょうか。
伊藤新道
そして現在、この『黒部の山賊』のロマンあふれる時代の歴史ある登山道『伊藤新道』が約40年の時を経て復活を遂げようとしています。北アルプスのラストフロンティアとも言われるこの登山道は現三俣山荘オーナーであり、『黒部の山賊』の著者伊藤正一氏のご子息でもある伊藤圭さんらの手によって現在再開通の大事業を進められています。予定では2023年8月の本開通を目指しておられるということです。
幕営料 1泊 2,000円/1人
水場は山荘前、トイレは山荘内のトイレを使用(外トイレ無し)
山荘側は平らで張りやすいですが、それほど多くは張れないため、空きが無いときは蓮華岳寄りの上部に張ることになります。
目の前に鷲羽岳を眺められる好立地。
詳しくは三俣山荘公式HPをご覧ください
三俣山荘|北アルプス黒部源流
最後の夜、そこは満天の星空
夕景の撮影のためテントから顔を出すといつの間にか辺りはガスって真っ白で残念な夕方になりました。18時で気温は5℃と寒さが和らいだ日没でした。
夕食後は満腹感と疲労から睡魔に襲われそのまま早い休息となりましたが、どうも寝付けない。疲れているはずなのに20時を過ぎても目が冴えてしまう…。
ふとテントから顔を出すとビックリ!
夕方のガスガスから一転そこは雲ひとつない美しい満天(満点!)の星空。天体撮影もやっている身としていろんな撮影地で暗い夜空、美しい星空を眺めていますが、やはり標高2,500mの北アルプスの星空はいつ眺めても圧巻。特に天頂付近、はくちょう座のあたりはまさに星屑。
「一体、いくつの星が見えているんだ…。」
慌てて機材をセットして撮影を始めましたが、それにしてもなんと暖かい夜でしょうか。風もなく気温も0℃とそれほど下がらず、しばし美しい星空にうっとりしました。
南天の輝かしい天の川銀河中心部も、
天頂に居座るハクチョウも、
北天のカシオペアやアンドロメダ銀河も、
そして東から昇り始めた若き星団、M45プレアデス星団も。
北アルプス、黒部源流で仰ぎ見る星々が素晴らしい透明度で煌めいていました。本山行で迎える最後の夜でしたが、北アルプスから最高のプレゼントを受け取った気分でした。
当初の予定では月が比較的大きい(満月期)ため天の川撮影は難しいという言ってみれば天体撮影脳となっていまして、月が昇ってくる正確な時間まではしっかりと調べませんでした。山は気象の入れ替わりが激しいところがあるので、少ないチャンスをモノにするには細かいところまで準備しなければいけませんね。
4日目、新穂高に下山
ついに最終日。
朝は4時起床、気温は2℃。
朝食のあとテント撤収中に東の空がなんとも美しい朝焼けになってくれました。
テント場なんかではなくもっと良いロケーションで撮りたかったですが、今日はこの三俣から新穂高まで一気に下りないといけないので無理せず朝までしっかりと休みました。この美しい朝焼けは写真ではなく自らの目に、そして心に焼き付けるのみとしました。
それにしても最終日の朝もとても空気が清々しく、この4日間の幸運な天候にも恵まれて気持ちも晴れ晴れした何とも言えない満足感に満たされました。清らかな風景はすーっと目に、そして心に入ってくるようです。それを象徴するかのように朝日のスポットライトを浴びた立ち枯れたコバイケイソウが黄金に輝いて見えるようでした。立ち枯れてもなお美しく思えるのは、きっとそんな心持だったからかもしれません。
双六小屋方面への帰りのルートは迷いましたが今回も巻き道ルートにしました。巻き道と言っても侮るなかれ、このルートもなかなか雄大な眺めを満喫できるルートで私は下山ではよくこのルートをとります。
夏はコバイケイソウが美しいルートでもありますがこの時期は黒部源流同様、すでに立ち枯れとなっています。しかしこの冬間近の晩秋の寂しげな風景もまた北アルプスの美しい風景のひとつでもあります。
双六小屋に着く頃には小屋の宿泊客やテント泊の方々はもう出発されている方がほとんどで閑散としていました。腹が減っていたので早いお昼ご飯(野菜炒めラーメン)をいただいて、気合いを入れ直して下山にかかります。
この日は気温がまるで1ヶ月逆戻りしたかのような暖かい日で、いや暑いくらいの日で鏡平山荘が見え始めた弓折乗越を下った辺りから水の消費量がグンと増えました。暑いのが苦手でこの時期に来ているのに…と愚痴を言いたくなるほどに暑い。
鏡平山荘から下、シシウドヶ原から秩父沢までのおよそ標高1,500~2,000mくらいのところは今まさに紅葉真っ盛りで、鮮やかでカラフルな色彩に彩られていました。思わず足を止めて見とれるばかり、撮影ばかりでまったく下山が捗りません。
雲ノ平では天が紅に染まりましたが、このあたりは地が紅に染まっていました。
左俣林道の辺りも紅葉が進んでいて、その先にあるわさび平小屋で最後の休憩に。体力的には意外とまだイケるのですが、さすがに足裏は悲鳴を上げ始めてマメが出来てかなりつらい長い林道歩きとなりました。
最後はスローペースになり16:00過ぎにようやく新穂高に着きました。もうクタクタで何もしたくないところでしたが、下山届だけは提出して帰路につきました。
山行記録まとめ
今回は新穂高から雲ノ平ピストンという行程でした。
鷲羽岳や水晶岳の山頂に関しては今回パスしましたが距離にして4日間で49.5km、獲得標高差3,800m弱という実に歩き応えのあるルートとなりました。双六小屋までは緩やかな登り(下り)ですが、そこから先は登っては下りてを繰り返すところもいつもながら体力的にタフでした。
今回歩いたルート上には目立った危険箇所はなく、距離は長いですが登山ビギナーの方にもおすすめ出来るルートです。今回は10月中旬でもかなり暖かい日が続きましたが、おそらく平年ではもう少し寒いのだろうと予想されます。やはり風が少しでも吹くと日中でも肌寒さを感じ得ませんでした。
もしまたこのエリアを歩くようなことになったら次は折立から入山して黒部五郎岳から雲ノ平を周回してみようと思っています。
撮影山行を終えて
先月の奥劔山行では雨に泣いた山行になりましたが、今回は真逆で4日間雨に降られること無く終えました。
写真的側面からはこれは実は喜ぶべきことではなくて、ガスや雨後の山の風景はやはりフォトジェニックですし、雲ひとつ無い快晴は写真的には面白味にかけると思っています。しかしやはり美味しい山の空気を胸に吸い込みながら、美しい稜線を雄大な山々を眺めながら歩けたのはこの好天のお陰でもあります。幸運だったとしか言いようがありません。山の神に感謝しつつ、また山に何か恩返しが出来ればと思っています。
今回の山行中にお会いした登山者の皆様にこの場を借りてお礼申し上げ、ペンを置くことにします。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。