手振れ補正機構の功罪を簡潔に洗い出し、機能に対する考え方・扱い方を私なりにまとめてみました。技術者ではありませんので構造の専門的な解説ではありませんのでご了承ください。
目次
- 序論
- 補正機構の構造
- 新たな撮影方法
- 手振れ補正機構の問題点
- まとめ
序論
昨今の技術革新はどの分野においても目覚しいものがありますが、写真撮影における悩みの種の一つである手振れは『手振れ補正機構』なる技術により解放されたかのように思えます。
以前はブレを防止するには風景であれば三脚を使用したり、スナップであれば両手でカメラをしっかりと構えシャッタースピードを上げたりすることでしか対処のしようがありませんでした。
それが今や各カメラメーカー及びレンズメーカーの新製品はどれを見ても『〇段分の手振れ補正』なる謳い文句で溢れています。もはや手振れ補正機構はあって当たり前、無ければ製品としての競争力に劣るとさえ感じさせられます。
キヤノン IS(Image Stabilizer)
ニコン VR(Vibration Reduction)
ソニー OSS(Optical Steady Shot)
シグマ OS(Optical Stabilizer)
タムロン VC(Vibration Compensation)
ペンタックス SR(Shake Reduction)※センサーシフト方式
今までの主流の手振れ補正は機能をレンズ側に搭載させて撮影時の手振れを抑制してきました。その理由は補正効果がデジタル一眼レフ機の光学ファインダーで確認できる点や、レンズごとに手振れ補正機構を搭載するのでその焦点距離に最適化されたものを搭載できる点などが挙げられるでしょうか。
その後ソニーやオリンパスなどのミラーレス機によるセンサーシフト『5軸手振れ補正』の登場により飛躍的に補正効果が向上しています。それに加えレンズ側とセンサー側の補正機能をデュアルに駆動させ、さらに効果の高い補正能力を実現できるようになっています。
補正機構の構造
私は専門家でも技術者でもないので構造の詳しいところまではわかりませんが、大まかに以下の二つの方式に分類されます。(より詳しい解説は各メーカーの公式ホームページをご覧ください。)
レンズシフト方式
レンズ構成の一部に手振れ補正用のレンズを組み込み、ブレを検知したときにその補正用のレンズを動かし手振れを軽減する方式。
センサーシフト方式
手振れを検知した際にセンサー(撮像素子)自体を動かしてブレを補正する方式。よってオールドレンズなどレンズに手振れ補正機構が無い場合でも補正できる利点があります。
(※電子式)
上記の二つは光学的にユニットを動かして補正を行いますが、実際に撮像された画像を分析して画像処理的(電子的)に加工してブレを補正する方式。主に動画機(ビデオカメラなど)に搭載されています。
新たな撮影方法
撮影の合理化
最近の優秀な手振れ補正機構のおかげで、今まで撮影することが難しかった場所で撮影できたり、撮影できなかったものを撮影できるようになりました。三脚の使用が困難だったり、そもそも三脚の使用が禁止されている場所であったり、そういう状況では手振れ補正はとても頼りになる機能です。
時代とともに写真撮影もどんどん合理化されていきます。
三脚が使える場所であっても、
↓
2、水平が出るように足を広げ三脚を設置
↓
3、カメラを雲台に搭載、レリーズを接続
↓
4、しっかりと構図を決める
↓
5、カメラから手を離し、ブレが収まったらレリーズを切る
このような行程を手振れ補正機構があれば手持ち撮影ですべて省略することが出来ます。(構図はしっかりとらなければなりませんが) 効率的に短時間で、どんどん撮影することが出来ますし、三脚を持ち歩く必要もなくなります。それにより行動範囲も広がり、体力や集中力を削られることもありません。
山岳写真では“ココ”と決めた場所に拘りぬいて3日も4日も粘って最高の1枚の写真を撮るタイプの方も多いですが、私はどちらかと言うと稜線を歩きながらスナップしていくタイプなのでいちいち撮影のたびに三脚を立てていられません。なので特に中望遠の撮影時は手振れ補正に助けられることが多いです。
手持ち撮影の新たな可能性
暗がりの撮影場所なら手振れ補正のおかげで必ずしも絞りを開ける必要も無くなり、シャッタースピードを気にせず絞り込んでパンフォーカスで撮ったりすることも可能になってきます。
特に最近のデュアルによる驚くべき補正能力を活かせば、手持ちでの夜景撮影はおろか、NDフィルターを使用したスローシャッター撮影も手持ちで、なんてことも出来てしまいます。
いままでの“三脚前提”という概念から解放され、スナップでスローシャッターが切れるというのは構図の自由度が上がり、今まで無かったような構図の写真が撮れる可能性も出てきます。
手振れ補正機構の問題点
手振れ補正機構はとても便利でその機構自体もどんどん性能が上がってきていますが、同時に問題点も出てきます。
撮影の基本が身に付かなくなる
以前、それこそフィルム時代から写真を真剣に撮っている世代は手振れ補正なんてものはありませんでした。先述したとおり三脚を使って撮ったり、スナップならばカメラを両手でしっかり構え、脇を締めてそっとシャッターを切る。設定も撮影する焦点距離、装填してあるフィルムの感度を踏まえて絞りやシャッタースピードを決めていました。その一連の動作がもう体に染み付いています。中判カメラなどフィルムバックを途中で交換して感度の異なるフィルムで撮影することでもしなければISO感度も基本的には固定でした。
一般的にブレを起こさないシャッタースピードは『焦点距離分の1』が限界とされています。50mmの焦点距離ならば1/50秒が、300mmの焦点距離ならば1/300秒がブレを起こさないシャッタースピードと言われています。あくまで目安です。
しかしミラーレスが主流になりつつある過渡期でもある昨今、若い世代の方々が初めて手にするカメラにはもう何らかの手振れ補正機構が付いていて当たり前の時代です。
つまり手振れというものに恐怖感を抱かず撮影できます。ましてやデジタルなのでその場ですぐ背面液晶で撮像を確認してブレていたらまた撮ればいいのです。ある意味デジタルでは枚数制限は無いに等しく、フィルムのように一枚一枚を慎重に、丁寧に、という姿勢は必要なくなりました。
これは良い点でもありますが同時にとても大きい問題点と思います。便利になってしまったが故、絞りとは、シャッター速度とは、ISO感度とは何か、写真の成り立ちの部分を深く理解しないまま何となく撮り続けてしまいます。
もちろん撮影技術の書籍や、専門家やプロによるワークショップ、ネットの情報などで写真の基礎は学べますが、もっとも身に付く勉強方法は自分自身による現場でのトライ&エラーだと思います。失敗し痛い思いをするから本当に身に付く部分もあります。今の高性能な機材は誰が撮っても失敗しないのです。
手振れ補正機構への過信
これも大きな問題と思います。これは世代に関係なく、フィルムを長年使っていた私も一時陥った便利機能への『過信』。
宣伝文句にある『〇段分の手振れ補正』の段数を信用しすぎてはいけません。もちろんその規格はある基準に沿った測定ではあるのですが、実際に撮影するのは機械ではなくあくまで我々人間です。人による個人差はかなりの開きがあります。
CIPA DC-011 (デジタルカメラの手振れ補正効果に関する測定方法および表記方法)
手振れ補正機構が搭載されていればブレないわけではありません。あくまで“ブレの軽減”と割り切ったほうが良いと思います。スナップの場合、撮影姿勢の基本のカメラやレンズを両手でしっかり構え、脇を締めてそっとシャッターを切る、この一連の姿勢を怠ると『手振れ補正機構』があろうが無かろうがブレる可能性はあります。
先の撮影時の基本設定と同様に、撮影時の基本姿勢もトライ&エラーを繰り返し、カメラを構えたら無意識にその姿勢になるように体に染み付けるしかありません。その姿勢を怠ってもある程度撮れる撮れてしまうのが最近の高性能化された『手振れ補正機構』です。これでは身に付くものも身に付きません。
もちろん、そもそもシャータースピード起因による被写体ブレは、手振れ補正機構に関係なく現れてくる問題です。
機器のトラブルの種が増える
先述したとおり、電子的な補正以外はすべて何かしらユニットが動いて手振れを補正します。部品が動くということはそれが誤動作したり、故障したりするリスクがあるということです。
よく言われることが三脚を使った撮影時です。
手振れ補正機能をONにしたままだと誤動作を引き起こして、三脚を使ってるのにブレるという本末転倒が起きるという事象。つまり撮影者は三脚使用時は手振れ補正がOFFになっているか、三脚から外して手持ち撮影に切り替えたときにONになっているか、しっかり確認する必要があります。これは確認事項が増えてしまいけっこうなストレスになりますし、一瞬のシャッターチャンスをそれによって逃してしまうなんてことも可能性としてあります。私はこれを“手振れ補正の呪縛”と呼んでいます。(最近のカメラには三脚に据えて固定しているときは自動で手振れ補正機構をOFFにする機能が備わっているものもあります)
シャッタースピードを適正にすればブレずに撮れるのに、手振れ補正に頼りすぎてONになっているか常に心配してしまいます。これでは撮影に集中することなど出来ません。集中力は本来100%被写体に向けなければいけません。
それにそもそもその『手振れ補正機構』が正常に作動しているのかと疑問に感じるときがあります。メーカーの技術者ではないのでブレた写真の原因が自らの手振れなのか、『手振れ補正機構』の誤動作なのか、問題の切り分け自体が困難です。
以前、基本に忠実に撮影したのに何回シャッターを切っても微ブレしていたことがあり、一度電源を落としてから再度電源を立ち上げ撮影したらブレずに撮れたこともあって、なにか気分的にスッキリしない状態のまま撮影を続けたこともありました。
様々な便利機能やギミックを持たせたが故に抱えるトラブルもそれに比例して増え、それじゃあそもそも無くても良いんじゃないかと思ってしまいます。これは撮影機材だけではなく工業製品全般に言えることです。
大きく、重くなる機材
とくにレンズシフト方式の『手振れ補正機構』となるとレンズの中に補正用のユニットが入るのでレンズがどんどん大きく重くなります。画質を追求したがあまり贅沢なレンズ構成になり、その結果大きく重くなるのはいいのですが、たかだか『手振れ補正機構』のために大きく重くなるのは個人的には好みではありません。
同じ写りならば軽いに越したことはありません。『手振れ補正機構』があれば三脚を持たなくてもいいので総合的には…とはなりませんので。どうせ大きく重くなるのであれば、手振れ補正機能ではなく画質に重点を置いた製品のほうが私には魅力的に映ります。
画質の低下
上記の機材の肥大化と関連して、補正ユニットのレンズが入るということは=余計な光学系も入るということです。本来無くてもよいものを入れるのでもちろん画質低下を招きかねません。なにごとも『無くても良いものは入れないほうが良い』と思います。
とくにズームレンズのレンズ構成は諸収差の補正などで多くなりがちですが、レンズ枚数が多くなれば多くなるほど口径比は変わらずとも実効F値は暗くなります。
価格の高騰
『手振れ補正機構』の技術開発費、部品代、補修費、あらゆるコスト面はすべてメーカーではなくわれわれ利用者が負担することになります。つまりすべて価格に転嫁されているわけです。
とくに修理代は馬鹿になりません。
私は手振れ補正機構の修理は今のところ経験はありませんが、おそらく数万円はくだらないでしょう。初期不良を除きそれらすべて使用者の負担となりますが、メーカーからすると修理は大きな売り上げのひとつなのでしょうか。このあたりにいわゆる“大人の事情”を感じるのは私だけでしょうか。
最新のレンズのなかにも一部ツァイスのOtusやMilvusシリーズなど、AFも無ければ手振れ補正も無いMFレンズはありますが、基本的にはAFや手振れ補正が搭載された新製品が多く販売されています。
レンズの購入を検討する際、手振れ補正が付いていないと言う理由で買い控えるユーザーもいますが、MFレンズや手振れ補正が無いレンズの壊れにくい構造はそれだけでひとつの性能と言えますし、ランニングコスト的にはむしろ歓迎されるべきではないでしょうか。
まとめ
以上『手振れ補正機構』の功罪を簡潔に洗い出してきましたが、良い側面もありますし悪い側面もあります。
私自身やはり望遠域での手持ち撮影時はファインダー像の安定面など『手振れ補正機構』の恩恵を感じます。しかしあくまで撮影をアシストしてくれる“補助機能”と割り切っています。過信していないどころか、もはや信用さえしていないと言えるかも知れませんが。
いまやフィルムと違ってデジタルではISO感度を1ショット毎に変えることが出来ますし、その感度自体も裏面照射などセンサーの技術向上によりどんどん改善しています。絞って撮影したいときもガンガン感度を上げていけばシャッタースピードを稼げるようになりました。(裏面照射センサーは暗所でのAF向上に寄与していると言われていますが)
やはり撮影者が撮影の基本を踏まえたうえで機能を十分理解して使わなければ機材に振り回される結果に陥ってしまうと思います。逆に言えば良い部分や悪い部分をしっかり把握さえしていれば大きな武器にもなりうると思います。