2019年5月 室堂~雷鳥沢~別山
立山黒部アルペンルート室堂から残雪の雷鳥沢へ。雷鳥沢野営地をベースとして別山(北峰)に至るアーカイブ
- 北アルプスの楽園、立山連峰
- 立山信仰~山岳信仰と立山~
- 雷鳥沢はその名のとおり雷鳥の宝庫
- 5月の雷鳥沢キャンプ
- 別山からの雄大な剱岳
- 収穫と課題
- 蒼き鼓動
立山はもう何回目でしょうか。
残雪が美しい春、生命力が漲る盛夏、燃えるような紅葉の秋。と厳冬期以外はほぼ訪れていますが、最近は天の川狙いで行くことが多いので5月ばかりになっています。
私は撮影に行くときは具体的で明確な目標を立てますが、今回の撮影対象は以下のとおりです。
1 残雪を纏う立山三山
2 別山から望む雪纏う剱岳
3 冬毛から夏毛に生え変わる雷鳥
4 満月期なので(天の川ではなく)月と立山
本当はいまだに満足できるものが撮れていない“天の川と残雪の立山”を撮りたいのですがあいにくの満月期。こればかりは自然のものなので仕方ありません。
星景写真では前景となる景色はいろいろと工夫の余地がありますが、やはり山岳風景と星のコラボレーションはとても相性が良いと思います。雷鳥沢はテン場から立山を見上げるとちょうどさそり座や夏の天の川の中心部と重なるので素晴らしいロケーションなのですが、如何せん天気や月の巡り、入山日がピッタリと合わないと撮れないものなので何年もかけてチャンスが巡って来るのを待つしかありません。
北アルプスの楽園、立山連峰
初めて北アルプスに行ってみたいと思っている方には私はいつも立山連峰をオススメしています。立山黒部アルペンルート室堂駅を出た瞬間に目に飛び込んでくる圧巻の山並み。エメラルドグリーンに輝く美しい山上湖ミクリガ池。今もなお激しく噴煙を上げる地獄谷。雪解けとともに咲き誇る幾種類もの高山植物。そして立山の象徴的存在『雷鳥』は立山では日本においてもっとも多くの生息が観察されています。
このように立山は高山の魅力がすべて網羅されていると言っても過言ではありません。登山としてはもちろんですが、老若男女問わずアルペンルートを利用しての観光として、労せずとも気軽に北アルプスの魅力にどっぷり浸れる最高のロケーションと言えるでしょう。
室堂へのアクセス、立山黒部アルペンルートの詳しい情報は公式のHPをご覧ください。
立山黒部アルペンルート公式HP
ただその反面、上高地と同様に静かな山旅とは言い難く、賑やかな山が得意ではない方にはちょっと息苦しいと思われるかもしれません。
私はどちらかというと静かな山のほうが好みなので、立山は梅雨が来る前、そう5月の残雪の時期によく訪れます。前回も立山連峰に架かる天の川を撮ろうと5月に訪れました。
この時期の立山は観光資源“雪の大谷”を体験しようと国内外の観光客で大変賑わうのですが、実は室堂から少し離れてミクリガ池温泉を越え、雷鳥沢のキャンプ地まで足を伸ばすととても静かな山旅を味わえます。
立山信仰~山岳信仰と立山~
現代の立山は多くの登山者や観光客が美しい大自然の景観を満喫しようと訪れますが、鎌倉時代や平安時代では“立山地獄”として恐れられていたと言われています。何か罪を犯して地獄に堕ちたと想像したときに思い浮かぶあの“地獄”。その場所がまさしく立山だと。
立山修験、つまり立山信仰とは立山を『極楽浄土と地獄』の世界と捉え、立山に入山し巡礼することで一度“死に人”となり再び現世に戻ってくる(下山する)ことで法力を得ることができるというものです。このような山岳信仰は出羽三山などにも見られます。
その立山修験を広めるべく使われていたのがあの有名な『立山曼荼羅』です。立山は現世・地獄・天国(極楽浄土)の象徴として昔から崇められてきました。『立山曼荼羅』には現在の地獄谷は文字通り地獄として、剱岳は“針の山”としてまさに地獄絵図のように描かれています。
立山は富士山や白山と並んで、日本三霊山。
山や木や森、湖や滝など多神教の日本では自然に対する畏怖の念がそのまま信仰対象になってきた歴史があります。
日本は四季折々とても変化に富んだ豊かな自然が特徴ですが、世界的にみても稀有な豊かさだと思います。その独特な風土が日本独自の思想へと昇華され、各地で自然崇拝的信仰が生まれたのだと想像されます。
雷鳥沢はその名のとおり雷鳥の宝庫
話を現代2019年5月に戻しまして。
この時期はバックカントリースキーの方々がたいへん多く(立山は春スキーのメッカ)、スキー無しの登山者は比較的少ないです。夏になれば余裕で200~300張りを超える雷鳥沢野営地も、この日はわずか10張り程度。稜線上の野営地ではないので水も豊富で、最寄の山小屋まで足を延ばせば日帰り温泉まで入れてしまいます。
そして何といっても雷鳥沢はその名の通り雷鳥の宝庫。わざわざ探さずともあの独特の『グェ~』という鳴き声があちらこちらから聞こえてきます。同じ北アルプスでも他の山ですと雷鳥に会えたらラッキーという感覚ですが、ここ雷鳥沢では会わないことは無いと言っても過言ではないです。
特にこの時期は縄張り争いが激しいようで活発に動いてくれますので、躍動感のある雷鳥の撮影にはとても向いています。雷鳥は普段はあまり飛ばずに歩いて移動したり、茂みに身を潜めて体力の温存を図りますが、この時期の雷鳥沢の雷鳥は頻繁に飛び回ります。
この野営地は室堂から小一時間と近いので雷鳥を主目的に撮影に来られる方も多く、そういう方々はたいてい重いサンニッパとかヨンニッパを担いで来られています。
5月はちょうど雷鳥の衣替えの時期なのでしょうか、足元から体の大半はまだ冬毛ですが首から頭にかけては夏毛となっています。雷鳥は基本的には人間を恐れてすぐどこかへ逃げてしまったりはしません。中には登山道を歩いていると向こうから寄って来る個体もいるくらいです。
ただ夏を向かえ雛が生まれるとさすがに警戒心が高まってきます。特に晴れているときは外敵から身を守るためたいていハイマツの茂みに隠れてしまいます。雷鳥を撮影するにはこの残雪の時期が良いと思います。
【日本の雷鳥】
◇日本国指定の特別天然記念物
◇絶滅危惧I類(富山県立山)
◇富山県の県鳥に指定(ほかに岐阜県と長野県)
◇2万年前の氷河期に北からやってきたのち、温暖期後に大半は北に戻るも一部がそのまま本州の高地帯に残ったとされています。
◇天敵はハシブトガラスやキツネ、猛禽類。その他、人が出すゴミや病原体、菌によっても減少すると懸念されています。隠れ家でもあるハイマツも雷鳥の生態には重要なので、入山者は少しでも自然を壊さない努力が必要です。
5月の雷鳥沢キャンプ
5月の北アルプスはもちろん雪たっぷりのわけですが、天気は比較的安定するという印象を持っています。
梅雨に入ってしまえばそもそも晴れないですし、梅雨明け後も以前は“梅雨明け10日”の安定した晴天がありましたが、ここ最近の異常気象の影響かグレーゾーン的梅雨明けばかりでパッとしません。お盆も急な雷雨を何度も経験しましたし、秋は秋で台風シーズン。4月以前はほんの一部の山小屋は営業していますが、基本はオフシーズンなのでそれなりの装備や経験、知識や技術が不可欠になってきます。
5月の雷鳥沢は日中は意外に暖かく風が無ければ暑いくらいですが、夜は急激に冷え込むのでそれなりの対策が必要になります。特に雪の上にテントを張ることになるので“底冷え”対策は必須です。
今回、日中は穏やかな晴天でしたが夜は風がけっこう強くてテントがかなり煽られました。雪面なので夏用ペグの効果は無いに等しいので、竹ペグやピッケルなどしっかりしたものでの風対策が必要と感じました。(今回ピッケルは登攀用というより、テントのペグ代わりとして持って行きました)
夜、雷鳥沢野営地からは綺麗な月が立山三山の真上に見え、その月明かりが山肌を浮かび上がらせていました。星は撮るくせにあまり月は撮らない私ですが、月光に照らされる山が雪山だとやはり素直に美しいと感じました。(同じことはモルゲンロートにも言えます)
月と山岳風景をフレーミングするならあえて細い月、三日月くらいのほうが月を飽和させずに撮影できるので露出のコントロールがしやすいのですが、今回は満月なので月そのものというより月に照らされる残雪の立山の山肌というテーマに重点をおいて撮影しています。
別山からの雄大な剱岳
朝は寒いですが夜間の強風が嘘のように穏やかで、ピリッとした空気を肺に送り込みます。
白銀の室堂平
雷鳥沢から剱御前小屋まではひたすら急登となります。しかし後ろを振り返れば白銀の室堂平が圧巻です。立山三山や龍王岳、浄土山、奥大日岳。そして室堂や地獄谷、雷鳥沢まで一望できます。
途中途中のハイマツには雷鳥もいたりで疲れもそれほど感じませんでした(今回は雷鳥沢ベースキャンプ型なので撮影機材以外は空荷に近い状態でした)。朝ということもあって雪も締まっているのでアイゼンも良く効き、無雪期よりも比較的楽に尾根まで上がれます。
※残雪期は尾根~剱御前小屋間で一部ナイフリッジ状の箇所がありますので通過の際は十分の配慮が必要となります。
圧巻の剱岳
剱御前小屋まで詰めれば一気に北側の視界が開け、真っ白な剱沢を隔てて雄大な剱岳と対峙します。さらに剱岳の奥には白馬三山も見えます。撮影当日は五月晴れで、奥の山々までかなりクリアーに見えていました。
この残雪期の剱岳はまさしく『岩と雪の殿堂』と呼ぶに相応しい荘厳な姿。
登り終えた達成感、そして圧巻の絶景…。
何ものにも代えがたきこの感情。
この山岳風景は北アルプスの中でも最も美しい景観の一つと言えるでしょう。
剱御前小屋の裏手から立山への縦走路へ歩みを進め、別山へとつづく稜線上からはそれまで隠れていた薬師岳や後立山連峰も姿を現し、いよいよクライマックスとなります。
本来、山には正面とか後ろとかはありませんが、天空の雄山神社(立山頂上峰本社)は参拝し手を合わせると角度的にちょうど剱岳にも手を合わせることにもなるように建てられていると言われています。信仰的な見地からですとその角度が正面となるのでしょうか。
別山はその雄山神社と剱岳のちょうど間に挟まれていますので、そこからの眺望が悪いはずもありません。360°まさに圧巻の眺望で、ずっと眺めていたい最高レベルの山岳風景です。
剱岳と槍ヶ岳
北アルプスの代表的な鋭鋒として槍ヶ岳と人気を二分する剱岳ですが、このような特徴的な鋭鋒は見る角度によって様々な表情を見せてくれます。写真を撮る者にとってこの“角度”は構図を考える上でかなり重要で、それこそ好みは分かれると思いますが『剱ならこの角度、槍ならこの角度』と人それぞれ拘りがあると思います。
個人的には剱岳ならやはりこの別山稜線からの剱岳、槍ヶ岳なら東側なら大天井岳付近から、西側なら双六岳付近からの槍ヶ岳が好みです。
私は過去、機会に恵まれ剱岳も槍ヶ岳も登ることが出来ましたが、やはりこういった山々は登る山というよりも眺める山・撮影対象としての山と思っています。そう、ある種の永遠の憧れとして。
収穫と課題
今回撮影で入山してみて、やはり残雪の立山連峰は改めて美しいと感じました。もう何度も通っていますがいつも新しい発見がありますし、いつも違ったものが撮れます。
自然も心も永遠のものなど無いということを痛感させられます。
どのような撮影でも収穫と課題は常にあるわけですが、今回の立山での撮影を振り返ると収穫よりも課題のほうが多く残ってしまったかなと感じています。
ただその時その瞬間で今の自分で出来ることは精一杯取り組めたと思えますし、実際に良いものもいくつか撮れました。そういう意味ではやはり立山の神々に感謝しなくてはいけません。
残雪の立山には何度訪れてもその美しさ雄大さに圧倒され、いつも多くのインスピレーションをもらえます。『立山曼荼羅』に手を合わせつつ、また訪れる機会に恵まれることを願って。
蒼き鼓動
『蒼き鼓動』
その高く蒼き空
高鳴る鼓動とともに
我、手を伸ばさん…
鼓動は風に共振し、空また蒼く
心も残雪に染まり、地はまた白く
Masterheart / May, 2019 at a dazzling light MURODOU