2020年8月 雷鳥沢~龍王岳~獅子岳~五色ヶ原
夏の雷鳥沢での雄大な北アルプスの山岳風景との出会い、そして室堂から薬師岳へ続く稜線を『花の楽園』と化した五色ヶ原まで、花と展望に癒される夏の北アルプスアーカイブ。
前編は夏の美しき雷鳥沢の風景と星空。
(目次)
- 2020年、苦難の山事情
- 鬼門の薬師岳
- 立山黒部アルペンルートで室堂へ
- 土砂降りの雷鳥沢
- 午後、一転して好天の雷鳥沢
- 美しき夕刻の立山
- 雷鳥沢で見る天の川
- 清らかなる朝の室堂平
2020年、苦難の山事情
長い長い梅雨もようやく開けた2020年の夏。
いつもであればその入梅中に今後の撮影地の選定やコース設定など北アルプスを中心とした夏の山旅の計画を立て、いざ梅雨が明けたら即実行という流れが毎年できていますが、今年はそうもいかない事態となりました。
“新型コロナウィルス蔓延”
このような状況を、それも日本だけではなく世界的に及んだこの状況を昨年の夏に誰が予想しただろうか?
前の年の夏にできなかった山旅の候補は毎年のようにどんどん残っていって、やり残したストックはそれこそ山ほどある。
「また来年以降にチャンスはいくらでもあるさ…」
毎年そう思っていました。いま自分が撮りたい画、見たい景色、触れたい自然にもっともマッチしたコースを何の不自由もなく選択できていましたが、2020年はそうもいかない状況に。そもそも北アルプス自体に今年は行けるのか?とさえ言える状況にまで悪化。
世の歯車はいったいどこで狂ってしまったのか?
北アルプスの多くの山小屋は完全予約制となり、しかも “密” を避けるため大幅に定員を抑えての営業との御達し。それはそうだろう、最盛期の山小屋はある意味において “究極の密” だし、何か事が起こってしまったら下界のようにすぐに対処することも困難だ。ただでさえもリスクの多い登山、多くの山小屋の決断はまさに苦渋の決断と思われました。
幸い私はテント泊ばかりなのでその部分に関しては影響は少ないだろうと高を括っていましたが、なんとテント場も予約制となるところも多くなってしまいました。
「テント場が要予約なんて今まで聞いたこともない…。」
小屋泊に比べて格段に自由度が高いテント泊ですが、それすらも予約制となればテントを担ぐ意味が無いとさえ思えて、今年は北アルプスでの撮影は無理かと覚悟しました。しかし詳しく情報収集してみると、もちろん普段通りではないにせよ、予約が必要なテント場もごく一部とわかり、今回撮影に行った北アルプスのダイヤモンドコースと称される “室堂~五色ヶ原~スゴ乗越~薬師峠~折立” は予約が取れなくても歩けるようでした。
もちろん入山に際し最低限、出来得る限りの感染拡大防止策をして山行に臨みました。
鬼門の薬師岳
今回選んだ北アルプス縦走のゴールデンコースの一つとも言える『室堂~折立』は過去に何度も計画しました。いまだ未踏の薬師岳は是非とも “縦走” で歩きたいとの思いが私にはありました。北アルプスで最も美しい山とも称される薬師岳を、最も近い登山口である折立からピストンするだけではあまりにもったいない。立山方面から望む薬師岳は本当に雄大で美しく、ただ単にピークハントするのではなく、その美しい山に向かって “映画のストーリー” のように歩きたい。
なぜならば、私はそこにこそ『アルピニズムの醍醐味がある』と思っているから。
しかし幾度も計画するも天候や諸事情からいつも直前で流れてしまう…。
逃げまくる薬師岳。
“山は逃げない”とはよく言ったもの。
どうやら私にとっての薬師岳はそれが当てはまらないようだ。
“薬師岳を歩こうとすると天候が崩れる”というジンクスはもうこの縦走コースを初めて計画したときから何回あっただろうか…。
もちろんただ歩くだけなら可能かもしれない。
でも天気が悪くて眺望がない、達成感もない、美しい山岳風景を伴わない、ただただ我慢のピークハントだけの山旅は私にはあり得ません。
結論から申しますと、残念ながら今回もまた未踏となってしまいました。どうやら完全に薬師岳に嫌われてしまったかな…。
立山黒部アルペンルートで室堂へ
今回は初日から天気を睨みつつの山歩きになってしまいました。
梅雨が明けたとはいえ今年の北アルプス北部はなかなか天候が安定しない…。昨年の夏、とくにお盆の時期は比較的天候は安定していたと記憶しているし、私が歩いた黒部五郎や雲ノ平、黒部源流に関しては入山中の数日間はほとんど雨に降られなかった。しかし今年はなかなか安定した天候が続かない状況で、当初の薬師岳への縦走の計画は日程の都合もあり早々に諦めました。特に今年は状況が状況だけに無理な計画はご法度なわけで。
前回室堂に入山したのは昨年2019年の5月、まだまだ残雪がたっぷりで、好天の下で春スキーを楽しむバックカントリーの方々で賑わう季節でした。
今回は初日から早速の雨で、立山黒部アルペンルートの立山駅から美女平へ向かうケーブルカーへの乗車も控えようかとさえ考えてしまうほどの本降り。始発は7時40分ですがコロナ禍で密を避けるためか、夏山シーズンの混みあう時期はいつもこうなのか、始発前に臨時便が出ていたようです。
立山黒部アルペンルートはやはり “コロナ禍” ということもあっていつもよりも人は少なめ。さらにこんな天気では観光客の足は遠のくばかりなのだろう。それでも大きなザックを背負った入山者は少なからずいて、私も含めて山ヤは完全に “山ホリック” だなと改めて感じる朝の立山駅。マスク着用・手洗い・指先洗浄といった感染予防をしつつ入山するのもいつもの山行とはかなり違って異様な光景に見える。
下界が本降りの雨ならもちろん室堂は暴風雨、それはもう明らかだった…。
2,500mの雲上は晴れている、なんてことは全く期待はしていません。いつもなら満席も当たり前の室堂への高原バスも空きが目立つほどで、ガスで何も見えない室堂までの小一時間が異様に長く感じられました。
土砂降りの雷鳥沢
本来の計画なら初日は室堂から龍王岳へ登り、その後は五色ヶ原でテント泊の予定でした。しかしこのような天候では私には無謀すぎるので初日は雷鳥沢ステイに変更しました。室堂から雷鳥沢なんてもう何回も歩いていますが、これほど悪天候のなかを歩いたことは無いので妙に長く感じました。
雄大な立山連峰はもちろん、美しいミクリガ池も、荒々しい地獄谷も、遠目から雷鳥沢キャンプ場すらも見下ろすことができない真っ白な世界。ただただ雷鳥沢までの短い登山道を横殴りの雨に打たれながら黙々と歩きました。
「久しぶりの立山なのに、全然楽しくない…。」
こんな天候なのにさすがは大人気の雷鳥沢キャンプ場、雨の中でも思ったよりもけっこうテントが張られていました。よくよく考えてみるとこのテント場に雪が無い時期に来たのは数年ぶり。ここはとても水捌けの良い立地のはずですが、さすがにこの雨では水が溜まって引いていない箇所も多く、適当に良さそうなところを見つけてテント設営。もちろん幾度となく雨の中での設営や撤収を経験してはいますが、やっぱり何度やっても精神的につらい。初日の小一時間でもう心が折れそうになります。
「来なきゃよかった…。」
初日のしかもたったの数時間で荷物はほぼずぶ濡れ。テント設営後はこの天候では撮るものもないし、そうそうに翌日の好天を期待しつつ、ひたすら“待ち”となりました。
・利用料は清掃協力金として500円/泊(2日以上の場合は1,000円)
・トイレはとてもきれいで水洗式
・小屋は管理棟としてのみなので、食事や買い物は最寄りの雷鳥沢ヒュッテを利用
・コロナの影響によるテント場の予約は必要なし
・ペグは刺さりやすく、敷地もかなり広い
・最近フリーwifiを導入されたようでとても便利
・自然保護のためゴミは必ず持ち帰りましょう
午後、一転して好天の雷鳥沢
もう今日は何もすることが無い…。
と諦めていると徐々に雨足も弱くなり、空もどことなく明るくなってきました。正午を過ぎたあたりでしょうか、それまで隠れていた立山連峰の山肌も露わになり始め、ついに雷鳥沢にも光が差し込んできました。
この『雨後の景色の美しさ』は沈んでいた気持ちの高揚感も手伝って格別に美しい風景に見えます。周りの緑も花も、生き生きとしてキラキラと輝いて見えます。
沈んでいた雷鳥沢キャンプ場の雰囲気も次第に賑やかになり始め、景色同様に晴れ渡ってきます。
雨に濡れた山野草も光を受け、奥大日岳も姿を現し、地獄谷の荒々しい景観も見られ、これぞ夏の雷鳥沢という山岳風景。
どんなに雨に打たれても、風に吹かれても、気持ちが沈んでも、この『雨後の魔法のような美しい風景』がすべて帳消しにしてくれます。
もちろんすっきりと晴れ渡ったわけではありませんが、あれほどの悪天が嘘のようで、山の天気というのは本当に気まぐれなものです。
それからは雨後の風景を楽しみながら雷鳥沢の周囲を散策。よくよく考えるとこの花の時期に雷鳥沢周辺を時間の制限なくゆっくり自然観察できるのもきっと何かの縁。もし天気が良かったらここには来ていなかっただろうし…。
たとえ天候が悪くて雷鳥沢ステイとなったと言っても、これも山の思し召し。この雷鳥沢の雨後の美しい風景を与えてくれた神様に感謝しなくてはいけません。
ここ何年かで私は『山岳写真というのは狙って撮るものではない』ということをようやく深く理解しました。とくに今回のようなシチュエーションではそれを強く感じます。
たしかに始めたばかりの頃はコンテストや写真集、写真展にあるようなゴージャスで雄大で、奇跡のような一瞬を捉えた作品を残すことばかり考えて撮影していました。もちろんそのようなものが残せればそれはそれでいいですし、私もあえて狙って撮ることもしますが、それよりも『どんな情景であれ、それを目の当たりにしたときの感動を残すこと』が大切なんだと…。
今回がまさにそれで、あれだけ沈んでいた心、来なきゃよかったとさえ思えた心に、自然の、山の美しい光が差し込んで来た時のあの晴れやかな高揚感、それを残せればいいんだ。その感動を一枚の写真の中にどれだけ込められるか、そういった “根本的” だけど実はとても難しい技術を習得したいという思いを強く抱くようになりました。
美しき夕刻の立山
夕刻は地獄谷や大日連山方面に日が沈んでいきますが、やはりここでも雲が多めで、残念ながらすっきりしない夕焼けとなりました。しかし立山三山の稜線に残った薄っすらとしたガスが夕日に照らされ美しいアーベントロートとなりました。
個人的には稜線や山肌にガスや雲が絡みついたアーベントロートのほうが断然好みで、その山の高さや荘厳さに大きなアクセントをつけてくれると思っています。
特にここは立山信仰残る室堂平、霊峰『立山』の麓…。
思わず手を合わせたくなるような荘厳さと美しさが際立った立山は本当に感動的な美しさでした。
このような山岳風景こそ狙って撮影できるものではなくまさしく『山の神からのギフト』だと思っています。到底われわれ人間が思いつくような風景ではなくて、超自然がもたらせてくれるここでしか見れないとても美しい風景。そしてそれを目の当たりにしたときの純粋な感動…。
私はただただその時、その場所で出会った風景にレンズを向けるだけ。自然の圧倒的な大きさ、厳しさ、そして純粋さの前ではもうそれしか出来ないし、そこで受けた感動、そこで残せた美しい写真が『私の山岳写真』になる…。
今夏はどうなるのかまったく予想もつかず、立山をはじめとした北アルプスの美しい風景には出会えないと思っていましたから、この風景を目にすることができたのは本当に幸運で、改めて山が自分をこの場所に惹きつけてくれたような大きな力を感じます。
ただただ、
「美しい風景を、ありがとう…」
もう、それだけ…。
雷鳥沢で見る天の川
この日、この夜、巷では『ペルセウス座流星群』で星見や天体撮影愛好家たちが盛り上がる真っ只中の新月期。片手間ではありますが一応は私も天体写真撮影愛好家の端くれ。しかし流星群やら彗星、月食といった天文現象には無頓着なところがあって、この夜も流星群目当てではなくただ単純に立山連峰と天の川の撮影を楽しみにしていました。
この雷鳥沢からはちょうど立山三山の上に天の川が横たわる最高のロケーションとなり、星景写真を撮られる方からはとても人気のある撮影地でもあります。以前に私も残雪期の雷鳥沢に何回も入山して撮影に挑みましたが、なかなか新月と天候が噛み合わずに未だに納得いくものが撮れていません。考えてみれば山岳星景は典型的な『狙って撮る』山岳写真の代表なのかもしれません。
この夜の天気は濃いガスが時折天の川に掛かったりで最高の星景写真日和とまではいきませんでしたが、それでも一応 “それっぽい” のが撮れたという感じでした。もちろんここ最近の不安定な天候の中で撮影ができたこと自体が奇跡に近いとは思いましたが、レンズの前球も結露で曇ってしまって写真自体は散々な内容となってしまいました。
そしてやはり8月ともなると20時過ぎにはもう天の川は昇ってきて、撮影に適した時間にはすでに立山三山から少し離れていってしまっていました。この時期は天の川がちょうど立山連峰と雷鳥荘の間に立ち上がるイメージの写真となります。個人的にはまだ立山三山が残雪で白く美しい時期に、その真上に天の川銀河が横たわるあの春のイメージの写真が好みなので、いつか撮影できればと思っています。
夜は時折テントに打ちつける雨音で目が覚めましたが、それほど風もなくゆっくりと休むことができました。
清らかなる朝の室堂平
翌、迎えた朝は昨日の朝とは打って変わって好天が広がり、雄大な山々がきれいに眺められ最高の登山日和となりました。真夏でもピリリとした北アルプスの清々しい空気、澄んだ青い空、ここでしか味わえない最高に贅沢な朝。
下界は今日も蒸し暑くて、40℃近くになるのだろうか?
そんな世界とはまったく無縁の世界に今はいる。
夜露でびしょ濡れのテントをそそくさと撤収し、美しい山並みや前日見れなかったミクリガ池、そして室堂平の気持ちの良い朝の風景を撮影しつつ、いよいよ五色ヶ原に向けて足を進めました。
後編につづく。