2020年4月。雪解けを迎えた南魚沼の里山、坂戸山。
暖かな日に色とりどりの春を求めて花ハイク。
(目次)
- 南魚沼の春
- 越後の山城『坂戸城』
- 坂戸山
- 鳥坂神社から薬師尾根
- 坂戸山の山頂と大城・小城
- 城坂コースで花まみれの下山
- 雪国の花の山たち
- 緊急事態宣言(追記)
南魚沼の春
新潟県の魚沼地方、特に南魚沼は日本有数の豪雪地帯であり、その豊かな雪解け水が育むお米は『魚沼産』と呼ばれブランド米として食卓に並びます。
2019~20年シーズンは全国的に近年稀にみる小雪の年になりましたが、それは南魚沼も例外ではなく3月下旬にはもうすっかり街の雪は消え去り、谷川連峰やそれに準ずる山々以外では雪が消えてしまうほどとなりました。
例年、雪解けを迎えるとそれまで雪に埋もれていた山野草たちが一気に土から顔を出し始めます。
地域ごとの積雪量に伴う山野草の数の相関関係は私のような専門家ではない人間には推し量ることぐらいしかできませんが、ただ私の今までの経験から察するに雪の多い地域のほうが山野草の数も種類も多いように感じます。
谷川連峰や越後三山など周りの雪深い山々は小雪の年と言えどもまだまだ残雪も多く、その残雪の山々と街をつなぐ里山からはこの時期は残雪の山々の美しい眺めと色とりどりの山野草を同時に楽しむことができます。暖冬とは言え南魚沼ではさすがにまだ桜には早いようでしたが、里にはスイセンも綺麗に咲き、いよいよ雪国にも春の到来を感じられます。
越後の山城『坂戸城』
地元の方から親しまれる坂戸山は花の名山ですが、かつては魚野川を見下ろす“山城”であり長尾政景、上杉景勝、そして直江兼続の居城としてたいへん有名です。
現在では坂戸城址として国指定の文化財となっています。
いまでも城跡としてその名残もあり、山頂から南東にのびる稜線の先の『大城・小城』にはその面影も感じられます。
春の山野草に癒されながら、その歴史に想いを馳せながら歩くことができるのもこの坂戸山のもう一つの楽しみ方です。
坂戸山
坂戸山の立地
坂戸山は立地的にとてもハイカーには“”親しみやすい里山”として好条件が揃っています。
『登山』なり『ハイキング』なりは多少なりとも登山口へのアクセスに苦労するものですが、この坂戸山はマイカーでのアクセスはもちろん、公共機関を利用してのアクセスも容易な立地にあります。
JR六日町駅東口から最寄りの登山口である鳥坂神社まで約1.6㎞、徒歩で約20分ほどで登山口にアクセスできます。駅からバスやらタクシーやらに乗り継ぐ必要はありませんし、ウォームアップにはちょうど良いと思います。
登山口にある駐車場はそれほど広いわけではないですし、とくに春の山野草が花盛りとなる時期の週末は満車で止められないこともあります。
花目的であれば早朝に登るより少し陽が上がってからでないと花も開きませんから、のんびりとローカル線に乗って『駅から登山』というものおススメできます。
坂戸山登山ルート
坂戸山は標高634m。これは東京スカイツリーと同じ高さ。
登山コースはいくつかあって一般的には鳥坂神社から薬師尾根コースもしくは城坂コースを登り、山頂を経てそれぞれぐるっと周回するコースが多く歩かれています。
または少し距離が長くなりますが桜が開花しだしたら銭淵公園を経るコースを辿れば見事な桜も楽しめます。
私は今回、鳥坂神社から薬師尾根コースで山頂を目指し、展望のよい小城・大城に足を延ばし、城坂コースで下山するルートとしました。
鳥坂神社から薬師尾根
信仰の山
鳥坂神社の脇から登っていきますが、まず目につくのは多くの小振りな石仏群。坂戸山は山城としてはたいへん有名ですが、山岳信仰とも深く結びついているようです。登山口がすでに神社となっているので、もちろん山自体が信仰の対象となっているはずです。
まるで等間隔に建てられているとも思える様々な石仏群に山を案内されているような錯覚の中、暖かな春の陽気を感じながら朝の野鳥の囀りが響く登山道を登ります。
朝の斜陽が気持ちよく、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んでいきます。
カタクリの群生と展望
まだ開花していない桜の区間を過ぎるといよいよカタクリの群生地が登山者を迎えてくれます。
さすがに朝早いので花自体はまだ開いてはいませんでしたが、それはそれは見事な群生地です。
登山道の両脇がカタクリで埋め尽くされているその様は壮観で、山自体が薄紫に染まっています。
おそらく私が今回歩いたコースの逆回りなら、下山時にちょうど花も開いて見事な咲きっぷりを目の当たりにすることができることでしょう。
群生地を保護するためしっかりとロープが張られている箇所もありますが、張られていないところでも注意していないとカタクリを踏んで痛めてしまうほどに群生しています。
桜にはまだ早かったですが、山桜は綺麗に咲いていてさらに登山者を楽しませてくれています。
展望の良い稜線からはまだ残雪残る山々に囲まれた魚野川流れる春の南魚沼の街並みを見下ろすことができます。
イワウチワの群生
尾根をさらに登り進めていくといよいよ本格的な登りとなってきます。
登山道自体は山頂まで整備された木階段が多く、こういった登山道にある木階段は総じて歩幅と合わないことが多く歩きにくい印象があります。
少しずつ眼下の街並みが小さくなっていく頃、登山道の脇にはイワウチワの群生が多くみられます。
イワウチワはイワウメ科イワウチワ属の多年草。
いわゆるスプリングエフェメラルではありませんがイワウチワも春に咲くとても綺麗な山野草。
花弁は薄ピンクで瑞々しい印象で透き通るような美しさですが、崖や登山道の脇の斜面を好むようで、観察や撮影には十分に足元に気を付けなければなりません。
群生の中には開花がイワウチワよりも若干遅めのイワカガミの蕾も見られました。
ホオジロなどの野鳥たちの美しい囀りを聞きながら大ぶりな松の木まで登りつめると山頂もすぐそことなります。
坂戸山の山頂と大城・小城
八海山の眺望
山頂には富士権現社という社が建てられ、それまで見えていなかった北側の眺望が開けて越後の名峰『八海山』が目に飛び込んできます。
八海山は越後駒ケ岳・中ノ岳とともに『越後三山』を形成する急峻な岩山。
このような険しい岩山は急峻な山が多い日本には数多く存在しますが、魚沼平野から一気にせり上がる八海山の見事な山容は日本でも有数な険しさと言えます。
八海山の標高は1,778m(入道岳)とそれほど高くありませんが、核心部の『八ツ峰』と呼ばれる岩峰群は鎖や梯子が連続する日本有数の難ルートとなります。古くから霊峰として山岳信仰の対象となってきた歴史があり、弘法大師が山頂にて修行をしたと言われています。
大城・小城
坂戸山の山頂からは南東に尾根が延び、小城~大城への短いながらも気持ちの良い尾根歩きを楽しむことができます。山頂から眺めると明らかに『城址』としての名残も見てとれて、山城としての歴史も踏みしめながらのトレイルとなります。
それほど展望の良い尾根歩きとまではいきませんが、足元にはやはり可憐なカタクリも咲いていて登山者を飽きさせません。
大城まで来ると目の前に迫る金城山の迫力のある眺望も楽しむことができ、ここでゆっくりと休憩される登山者も多いポイントとなります。
城坂コースで花まみれの下山
私は今回この城坂コースを下山ルートとしましたが、ちょうど陽も高くなっていた頃合いのためか色とりどりの山野草たちが花開き、咲き乱れていました。
足元はまさしく花まみれで、まったく足が前に進みません。
高山・低山に関わらず登山に際してはもちろん自分なりに山行時間の予定を立てて歩くわけですが、登りではなく下山のコースタイムがまさかこれほど押すことになるとは思ってもいませんでした。
とにかく登山道の両脇にはカタクリが途切れなく咲き誇り、アズマイチゲやキクザキイチゲ、ショウジョウバカマ、キジムシロ(エチゴキジムシロ?)、各種スミレ類が競うように登山道を彩っていました。
春色に溢れる九十九折の下山道を花々を愛でながらのんびりと、ゆっくりと、花々の美しさに足止めを食らいながら暖かな春の陽気のなか下っていきます。
里山らしく家族連れの地元の方々も多く、そこに春の山野草を愛でようと私のようなハイカーが入り乱れて南魚沼の花の名山はたいへんな賑わいでした。
城坂コースの要衝ともいえる『一本杉』から先も広々とした斜面にはカタクリやイチゲの群生が見事で、登山口にほど近い『家臣屋敷跡』付近もカタクリのお花畑となっていました。
坂戸山はまさしく『カタクリ山』と化しますが、今回目当てのひとつであった『シロバナカタクリ』には残念ながら会えませんでした。
雪国の花の山たち
雪解けを迎えた百花繚乱の里山は今回の坂戸山のほか、そこからほど近い八海山に連なる六万騎山や、新潟市に近い弥彦山、そして角田山などもたいへん人気があり山野草を求めるハイカーで賑わいます。
今回見られた早春の山野草に続いて麓の街にも桜が咲き、その後は谷川連峰の山々も雪解けが進むと高山植物が稜線を埋め尽くし、いよいよ夏山へと季節は進みます。
雪国のモノトーンの景色は季節の移ろいによって少しずつ彩が加えられ、登山者たちの目を楽しませてくれます。
緊急事態宣言(追記)
この山行の数日後、新型コロナウィルス拡散防止のため1都6府県に緊急事態宣言が出され、その後その適用範囲は全国に拡大されました。
北アルプスの大半の山小屋もそれに合わせるように営業の見合わせ、各団体からも登山自粛の呼びかけが出されました。
今回の感染症や緊急事態宣言、自粛などについてここで私見を述べるつもりはありません。
ただ一つ言えることは『いつもの日常は突如として奪われてしまう』ということ。
『当たり前は当たり前ではない』ということ。普通に山を楽しめるということ、普通に生活が送れるということがどれだけ恵まれていることか。
奇しくも人が活動を抑えることで世界的に大気汚染が抑制される結果にもなっているようで、それは山にも同じように作用するでしょう。どんなに山にゴミを残さないよう努力しようとも、そもそも大勢の人間が山に入ること自体が山に過度なストレスがかかるということ。そんな繊細な自然に心無い登山者が「少しくらいなら…」と残していったゴミの多くで美しい自然はいとも簡単に崩れてしまいます。
残雪の立山の登山ベース、雷鳥沢野営地では初夏にかけて融雪が進むと大量なゴミが雪の中から出てくると管理人の方々からいつも聞きます。とても嘆かわしいし残念なことです。これがそこに住む動植物たちに及ぼす悪影響は計り知れません。
今回の登山自粛はたいへん残念だし、残雪美しい北アルプスの山々に会いに行けないのは辛いものがありますが、これを機会にもう一度自らの行動や登山の在り方を考えるいい時間とポジティブに捉えるべきと私は思っています。
自然環境と登山は切っても切れない関係で、それこそ究極的に自然保護を考えるなら登山禁止にしたほうがよいでしょうが、登山・山登りという文化は人間に何にも代えがたい多くの幸福を与えてくれます。一人ひとりの登山者が自然環境・自然保護をどこか頭の片隅にでもいいから常に置きながら山を楽しむだけでも必ず良い方向に向かうはずです。